第五章・いのちの時代 連載第百二十八話 初めての熱

前の職場の特養では、一度も感染症にかからなかった。
長く介護の現場にいれば、風邪も、胃腸炎も、うつることはある。それが、あの特養では一度もなかった。我ながら、丈夫にできているものだ、と思っていた。その丈夫さが、少しばかり、彼の自負でもあった。
ところが、東府中で、それは破られた。生まれて初めて、インフルエンザに罹った。
その施設は、少し変わった考え方をしていた。ひとつひとつの部屋を、ご利用者それぞれの「居宅」ととらえる。ここは施設ではあるけれど、この部屋は、この方の住まいなのだ。だから職員は、他人の家に上がらせていただく心持ちで、そのつど、部屋へ入っていく。彼が担っていたのは、その意味で、居宅の介護だった。
利用者の一人がインフルエンザにかかると、介護する側は、使い捨てのガウンを着て、ビニールの手袋をはめ、ヘアキャップをかぶって、部屋に入る。飛沫を浴びぬよう、うつさぬよう、できるかぎりの備えをして、介護にあたる。
けれど、目だけは、無防備だった。
その日も、いつものように、備えをして、その方の部屋へ入った。排泄の介助を終え、体の向きを変えて差し上げる。体交、と呼ぶ。これでひと段落だ、と思った、まさにそのときだった。
くしゃみが、一発。
顔に、まともに浴びた。
感染経路は、それ以外に考えられない。おそらく、眼球に飛沫が付いたのだろう。あるいは、インフルエンザのウイルスは、マスクの繊維の隙間を、たやすくすり抜けてしまうというから、マスクの側からだったのかもしれない。どちらだったのか、今となっては、わからない。ただ、あのくしゃみのほかに、心当たりはなかった。
その夜、熱が出た。
翌日、医療機関にかかると、罹患が判明した。
思えば、彼はそれまで、インフルエンザというものに罹ったことが、一度もなかった。生まれて初めて罹ったのが、介護職員として働いた、この府中でだった。
健康ということについては、いささか自負のある人だった。名前もまた、そのことと、どこかで結ばれていた。その人が、初めての熱を、この現場で得た。備えを尽くしてなお、目だけは守れなかった。
歳月を経た今、振り返って、思う。
守る側もまた、守られてはいないのだ。同じ空気を吸い、同じ飛沫を浴びて、同じように熱を出す。介護というのは、そういう場所だった。相手のいのちに近づくということは、自分のいのちを、そこに差し出すことでもあったのではないか。
生かされて、今を、存在する。
備えを終えて、ひと段落と思ったあの一瞬、顔にまともに浴びた、あのくしゃみの感触を、今も、自分は、確かに、覚えている。
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