向こうから来るものは拒まない
(3) 向こうから来るものは拒まない
すでに多くの人がその瞬間を体験し、テレビなどでも目にしている。たとえば、高校野球の選手にアナウンサーがこんなインタビューをする。
アナウンサー「明日の試合は勝ちたいですか?」
選手「自分たちの野球をやりたいです!」
インタビューはすれ違っているが、それはすでにその高校生に(3) が与えられていることを示している。高校生は願いを叶えたいと思い、願いが叶うと信じて練習をしてきたのだから、たとえどんな結果でも向こうから来るものを受け入れるという勇気が生まれてきたのである。それは、(1) と(2) を体験してきた人の特権で、(3) の魔法の杖は(1) と(2) を実行してきた人のみに与えられる。
私は小さい頃から体が弱く、いろいろなことがあった。高校一年生の時には病弱で、4月から7月までの第一学期に一週間しか登校できなかった。その中でも夜中の咳には相当苦しめられた。夜になると激しい咳が出て、まともに寝ることができなかった。
それでも私は、健康な身体になりたいと願っていた。そして必ずそのうち健康になると信じていた。たとえば「厄年」というのがあるから、その年になったらきっと体質が変わって元気になるのではないかと思ったり、会社に入ってからは、職場が変われば環境が変わって元気になるのではないかと、いつもそんな風に考えていた。
それでも身体が弱いのは本質的なことで、そうそうガラリと体質が変わる訳でもない。
でも、ずっとそう願い、信じていたら(3)が与えられたのだ。「元気になる時には元気になるだろう。それは自分が決められることではないから」と考えるようになった。私はそれから少し元気になった。
願いを叶えたいと思い、願いが叶うと信じ、そうしているうちに、向こうから来るものと自分が求めるものの差が見えてくる。そうすると最後の「魔法の杖」が与えられるのだ。
(4) 願いとは自分ができること。
(5) 願いとは将来ではなく今日のこと。
自分の願いを信じていない人は、願いが相手との関係で決まると錯覚している。でも願いを最後まで信じていると、願いとは自分のことなのだ、自分ができることが願いなのだということがわかってくる。
そして、さらに「こうなりたい」と思う願いは将来の事ではなく、今日のことだということもわかるのだ。
願いとは将来のことではなく、今日、この日のことなのだ。
それがわかった時には驚天動地。「そうかっ!」と私は思わず叫びそうになった。
「願い」は自分のことであり、それが実現するのは将来ではなく、今日一日の自分の行動なのだ。そのことに気づいた瞬間、私の願いは実現した。弱かった私の体も丈夫になり、なんとなく調子の悪かった人生も幸福なものに変わっていった。
このことはすでに昔の人が簡潔に表現している。それが「人事を尽くして天命を待つ」
という諺(ことわざ)である。このあまりにも短い言葉では、複雑で悩ましい願いを持つ多くの人の助けにはならないかもしれないので、もうひとつの言葉を紹介したい。
「事の成る成らぬは天に任し、自分はひとえにその日その日の務めを全うすれば足る」(新渡戸稲造)
私はいま述べたように、5つの杖を順番に貰っていくことが、願いを叶えることができる唯一の方法と信じている。
『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R080903

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