AIとの格闘日記 一人企業用会計ソフト開発日誌
九月一日。
弊社にとっては、月の会計が始まる日である。
日昇リサーチ株式会社の決算期末は十月三十一日。あと二か月しかない。
そして例年、期が閉まってから二週間前後で申告書を税務署に持って行く。つまり私の実際の締切は、十一月の中旬である。
弊社は、会計事務所を雇うほどの収入がない。
創業以来ずっと、私が一人で記帳し、決算書を作り、税務署に申告してきた。問題があれば税務署から指摘を受け、修正申告を出す。それを繰り返してきた。
胸を張れる話ではないと、長いあいだ思っていた。
だが調べてみると、小さな法人ではさほど珍しいことでもないらしい。ただ、あまり語られないだけである。
このところ、AI――私は「電さん」と呼んでいる――と一緒に、この決算処理をツール化する作業を進めている。
手始めに、前期の決算書を読ませた。
返ってきたのは、こういう検算だった。
・売上総利益 − 販管費 → 営業損失と一致
・営業損失 + 受取利息 → 経常損失と一致
・前期末繰越利益剰余金 − 当期純損失 → 当期末と一致
・負債 + 純資産 → 資産合計と一致
一円のずれもなかった。
二十年、一人で積み上げてきたものが、機械の検算を全部通った。
正直なところ、この時が今回いちばん嬉しかった。
さて、では日々の小口現金のエクセルを読ませよう――というところから、話がまったく進まなくなった。
読み込んでも、零行。
原因は三つ重なっていた。
一つ目。日付が三種類の書式で入っていた。
米国式の「8/1/26」が六百十五件。「2026年8月1日」が百七十九件。そして三百四件が、なぜか「上午/下午 00時00分00秒」という中国語の時刻表示になっていた。
十年以上、五台のパソコンで使い回してきたのだから、当然といえば当然である。
二つ目。三月のシートが百万行に広がっていた。
実際のデータは六十九行。どこかで最終行まで書式が及んだのだろう。印刷のときに白紙が何枚も出る、あれと同じ現象である。読み込もうとしてブラウザが固まっていた。
三つ目。同じ名前のシートが、別の月だった。
私は十二枚の月別シートを毎年使い回している。だからバックアップの中の「八月のシート」には、去年の八月が入ったままだった。電さんはそれを見て「これは一年前のデータです」と判定し、私は「いや、今使っているファイルだ」と言い張った。両方とも正しかったのである。
ここで電さんが言ったことが、印象に残っている。
現場の帳簿は必ず汚れている――これを前提に組むべきでした。
ですからエクセルは直さなくて結構です。今のまま使い続けてください。プログラムのほうが合わせます。
三つとも、エクセルの中では何の害もなかった。
二十年、正確な決算書が作れていた事実がそれを証明している。困っていたのは機械のほうだった。
日付は表示の書式ではなく中の値を直接読む。範囲は先頭五千行までに制限する。それだけで全部通った。
七百六十二行。
令和七年十一月から令和八年八月まで、十か月分がきれいに並んだ。
技術的な話より、こちらのほうが大事だと思っている。
弊社の帳簿は、法人の経費と個人の家計が同じ帳面に載っている。同じ「被服費」でも、支給する軍手は会社の費用、自分が飲む清涼飲料水は個人。内容を見て一件ずつ決める必要がある。今期は、その判断が四百件あった。
これをAIに全部やらせることは、技術的には簡単である。
しかしそうすると、税務署に聞かれたときの答えが「AIがそう分類しました」になる。
そこで、こういう作りにした。
・AIは「提案」を表示する
・確定ボタンを押すまで、何も決まらない
・十万円以上を含むものは、一括確定の対象から外す
押す回数は四百から二百五十に減った。だが押すのは私である。
責任の所在は動かない。
作業の途中で気づいたことがある。
この仕分けの基準は、二十年間ずっと私の頭の中にだけあった。誰にも説明したことがなく、書き出したこともない。
それを今回、一つずつ言葉にして、機械に覚えさせている。
これは、AIが私の判断を肩代わりしているのではない。
私の判断が、初めて形になっているのである。
来期からは、同じ内容が出てきたら自動的に同じ扱いになる。私が決めたとおりに。
エクセルを放り込むと、損益計算書・貸借対照表・株主資本等変動計算書が出るところまで来た。申告書のどの欄に何を書くかの転記表も、総勘定元帳も印刷できる。
メールで届く領収書を貼り付けると、日付・金額・支払先・費目を読み取る機能も付けた。
すべてブラウザの中だけで動く。会計データはどこにも送信されない。
ただし――まだ一度も、本番の申告を通っていない。
十一月に自分の決算をこれで通し、申告書の数字と合ったら、そのとき改めてご報告したいと思う。
それまでは、開発中の記録として置いておく。
法人向けです。個人事業主の方は青色申告決算書の様式が異なり、そのままでは提出できません。
税務申告の内容および最終的な判断は、利用される方ご自身の責任でお願いいたします。
一人で経理をしている経営者は、たぶん相当な数いる。
弥生も freee も立派だが、月額の負担があり、操作の体系に馴染めない人もいる。私のように、エクセルに書き続けてきた人間である。
そういう人の帳簿は、たいてい汚れている。書式が揃っていない。費目の名前が揺れている。個人と法人が混ざっている。
だがその汚れは、長く使い込んできた証でもある。
直すべきは、帳簿ではなく、読み取る側の道具のほうだ。
おてんとうさまの下では、人も機械も同じ秩序の中にある。どちらが上でも下でもない。
二十年分の判断を機械に手渡し、機械はそれを黙って覚える。そういう作業を、この秋はしている。
生かされて今を存在する。
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おてんとうさまの下で
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