第五章・いのちの時代 連載第百三十三話 果たせぬ約束

筒田先生のもとへ戻ってきたのは、通う、というのとは、少し違った。
大学を卒業して、就職するとき。あのとき彼は、先生と、一つの約束を交わしていた。いつかまた、先生のもとへ戻ってくる。そして、先生と一緒に、次の時代の多磨塾は、どうあるべきかを、突き詰める。その約束を、果たすために、彼は還ってきたのだった。
半生をかけて、彼は、遠回りをした。日産があり、九州があり、姓名科学があり、介護があった。様々な人生の経験を積んだ。そして、その経験を経たあとでは、塾というものに対する考え方が、若き日とは、ずいぶん変わっていた。
彼は、もともと、子どもが好きだった。
今でも、子どもたちと接すると、一緒に遊びたくなる。教えるよりも、遊ぶほうが、好きなのだ。それは、昔から変わらない。
そして、こうも思うようになっていた。基本的な教育さえ終われば、あとは、その子の適性や、希望に応じて、それぞれの人生を選べばいい。大人は、それを、手伝えばいい。そのくらいでいいのではないか、と。
人の性格や、能力というものは、一つの曲線で表される。真ん中がふくらみ、両端が細くなる、あの正規分布の曲線で。だから、すべての子どもを、同じ規格に押し込もうとしても、それは、意味をなさない。一人ひとり、違う。違っていて、当たり前なのだ。画一的なものの見方は、本来の、この国のやり方では、なかったのではないか。彼は、そう考えるようになっていた。
こういう考えを、先生と、突き詰めたかった。次の時代の塾は、どうあるべきか。若い日に交わした、あの約束のとおりに。
けれど。
還ってきたとき、先生の意識は、すでに、まだらだった。
二人で突き詰めるはずだった問いを、もう、共に語り合うことは、できなかった。彼が考えを述べても、先生は、うなずかれることもあれば、遠いところを見ておられることもあった。約束は、果たされないまま、そこにあった。
もっと、早く、戻ってくるべきだった。
その思いが、彼の中には、強くある。半生の遠回りは、どれ一つ、無駄ではなかった。日産も、九州も、姓名科学も、介護も、みな、彼に必要な道だった。そう思う。そう思うけれど、それでも――その遠回りをしているあいだに、先生の時間は、静かに、過ぎていってしまった。彼が様々な経験を積んで、ようやく約束の場所へ還ってきたとき、共にその問いを語るべき人は、もう、霧の向こうにおられた。
間に合わなかった。その悔いは、消えない。
だから、彼は、一人で、その問いを抱えている。
先生が遺された、膨大な資料も、同じだった。写真が、とにかく多い。ミカン箱にして、十箱以上。それは、多磨塾に通った生徒たち、その親御さんたち、そこに勤めた諸君たちの、一人ひとりの思い出の品だった。彼は、少しずつ、スキャナでデジタル化を進めてはいる。けれど、それが本当に良いことなのか、答えは出ない。だから、手が止まる。
あれもまた、二人で答えを出すはずだった宿題の、残されたかたちなのだった。
歳月を経た今、振り返って、思う。
果たせなかった約束は、消えてなくなるわけではない。それは、果たそうとした者の中に、問いとして、残り続ける。もっと早く戻るべきだったという悔いとともに、先生と突き詰めたかった「次の時代の塾」の答えを、彼は、いまも一人で探している。約束は、片方が語れなくなっても、もう片方の中で、生き続けるのではないか。悔いも含めて、引き受けていくのではないか。
生かされて、今を、存在する。
もっと早く戻るべきだったと悔やみながら、まだらな意識の先生の隣に座っていた、あの家の静かな時間を、今も、自分は、確かに、覚えている。
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