一九一四( 大正三)年六月二十八日、オーストリアの皇太子夫妻が暗殺されました。第一次世界大戦の発端となった有名な事件です。
高校のすべての教科書が、犯人は「セルビアの民族主義者の一青年」であり、そしてこの事件(サラエボ事件)の銃声が悲惨な世界大戦のきっかけになったと説明しています。
これは歴史の偽造なのです。
三人の犯人たちは共産主義者でした。彼らのテロの目標は世界大戦の惹起であり、「帝国主義戦争を内乱へ、内乱から革命へ」(レーニン「国家と革命」)への実践にありました。つまりは、一九一七(大正六)年のロシア革命の第一幕がサラエボ事件だったのです。彼らはトロツキーやレーニンらに心酔した共産主義者たちです。
三人のテロリストを背後で支援していたのはセルビア陸軍の青年将校たちであり、彼らはロシアの革命派と気脈を通じ合わせていました。
この軍人たちは、一九〇三(明治三十六)年にクーデターを起こし、セルビアの国王・王妃・閣僚らを殺し権力を握っています。だから当時のセルビアは、ヨーロッパ世界では最も急進的な革命政権と目されていたのです。
彼らに支援されたテロリストが、オーストリアの皇太子夫妻を殺害しました。だからオーストリア帝国はセルビアに宣戦布告をします。セルビアを支援してロシア帝国が、オーストリア帝国に宣戦布告しました。オーストリア帝国を支援して、ドイツ帝国がロシア帝国に宜戦布告しました。ロシア帝国を支援して英仏両国が参戦し、米も日本も参戦しました。世界大戦となるのです。大成功です。
資本主義が帝国主義の段階に達すると、帝国主義列強は互いに「強盗戦争」(レーニン)を始めるのです。ほら、始まった、というわけです。
そして、「帝国主義戦争を内乱へ、内乱を革命へ」というテーゼが踊ります。
日本には、「支那事変・大東亜戦争に最後まで反対したのが共産主義者だった」というウソの宣伝が残っています。共産主義者は戦争に反対しません。反対するぞと称して、戦争をこそ利用するのが、共産主義者でありレーニン主義者なのです。あの大スパイ尾崎秀実は、支那事変の拡大と日米開戦に大車輪の活躍をしたではありませんか。三百万人の日本人の死は、共産主義社会実現のための犠牲者というわけです。共産主義者にとっては、靖国神社は尊い犠牲者を祭る神聖な場所の筈です。
脱線を修復しましょう。
一九〇五年(日露戦争さなか)のロシア革命は、一九〇三(明治三十六)年のセルビアのクーデターを以て序章としていたのです。つづく第一次世界大戦の結果、ロシア・オーストリア・ドイツの帝制はすべて打倒されました。そして、ソ連という共産主義の国家が誕生したのです。共産主義者が触れられるのを嫌うテーゼを紹介しましょう。砕氷船のテーゼとして有名なものです。
「砕氷は砕氷船にやらせて、大洋に出たら砕氷船は撃沈すればよい」というテーゼです。蒔介石は砕氷船として中国共産党に高く評価されています。もちろん日本も、です。
日本がサラエボ事件の示す意味を正しく理解できていたなら、支那事変の泥沼に足を取られることはなかったでしょう。残念なことに当時の日本には、それだけの解析力はありませんでした。つまりは、日本のインテリゼンスの弱さへの省察の必要を言いたいのです。
インテリゼンスを知性・謀略とかさまざまに訳しますが、私はここで解析力の意味を指摘したいのです。さまざまな情報の中から、あるいはそれを総合して、情報の意味するものを解析する知力の意味で、私はインテリゼンスの語を用いています。
真珠湾攻撃は騙し討ちだったかと言えば、日本は騙し討ちするつもりはなかったけれど、意図に反して騙し討ちしたことには違いありません。そして、騙し討ちを最も望んだのはルーズベルト大統領であったことは歴史の真実です。 ロバート・スティネット著「真珠湾の真実』(文芸春秋社)という浩瀚(こうかん)な書があります。
この書は所謂「真珠湾物」ではありません。本格的な、そして真摯な研究書です。読み進むうちに、私は衝撃を受けました。アメリカは掌(たなごころ)を指すように日本海軍の動静をモニターしていたのです。例えば、ハワイ攻撃部隊の旗艦「赤城」の呼び出し符号を知り、複数の傍受基地を結び発信位置を刻々と把握していました。日本の主な艦船の動向はまさに掌にあったのです。三十一隻がヒトカップ湾に集結していること、そして十一月二十五日に出 航したことはすべて筒抜けだったのです。私は、日々刻々と日本艦隊の位置が書き込まれた地図(写真)を見た時、無性に日本が哀しくなりました。
「ニイタカヤマノボレ一二〇八」(「新高山登れ一二〇八」)
という有名な暗号文をアメリカ海軍は「新高山というのは台湾の最高峰で日本帝国の最も高い山・最高峰に登れというのは……」と日本艦隊の攻撃は十二月八日だと解説している受信記録を見て、私は名状し難い気持ちに陥りました。このようにして、日本は真珠湾を不意討ちしたのです。
立派な不意討ちです。
ルーズベルトはこうして数千人のアメリカ青年を死地に投じました。著者のスティネット氏は「私は、にも関わらず、ルーズベルト大統領を支持する。なぜならより大きな悪が存在していたからだ」と言う。ナチスによるユダヤ人抹殺の進行を止めるためには日本の戦争行為が必要だったと、著者は言っています。この議論の可否は、ここでは言わないことにしましょう。
ここで私は、アメリカのインテリゼンスの優越を賞賛しようとしているのではありません。アメリカのインテリゼンスの狂いこそが、スターリンの火事場強盗を呼び込み、世界の運命を大きく狂わせたのです。だから、ブッシュ大統領は二〇〇五(平成十七)年五月、ラトビアの首都リガでヤルタの「過ち」をモスクワ入りの前日に「謝罪」しなければならなかったのです。
問題は日本のインテリゼンスです。
ルーズベルトがユダヤ人であり、エージェントとしてのユダヤ人であることの認識が日本にあったなら、アメリカの対ドイツ開戦は避けられないことは容易に理解できたでしょう。ホロコースト(民族皆殺し)をなぜナチスが実行するのか、その前に第一次世界大戦の敗者のドイツのワイマール共和国がユダヤ共和国とドイツ人には認識されていること、ロシア革命がユダヤクーデターと認識されていることなどに日本の解析が至っていたなら、日本の国策が無惨に狂うことはなかったのです。
こうしたことが当時の日本の解析力の中に組み込まれていたならば、ルーズベルト政権の対ナチス・ドイツ政策がどのようなものか、日本は解析できた筈です。また、ナチスが国家社会主義ドイツ労働者党という社会主義政党であることが解析できたならば、独ソ開戦への対処と三国同盟維持といった迷走はなかったでしょう。さらに、日本にも国家社会主義が、ほかならぬ日本軍の中に浸透しつつある事態への解析が、的確になされたに違いません。日本は解析を欠いて自滅しました。
『続日本人が知ってはならない歴史』若狭和朋著(2007年)