大谷物語 二 ――大谷翔平が打った、二つの球のこと

ところが調べてみて、思っていたのと違うことが分かりました。
大谷選手は、めったにホームランボールの返却を求めません。 打球はスタンドへ入ればそこにいる人のものだ、という扱いです。ですから「ボールをめぐる美談」というものが、そもそも積み上がっていないのです。
そこで、方針を変えました。集める代わりに、二つだけ並べます。同じ人が打った二つのボールが、まるで違う道を辿ったからです。
その日、三塁側の上段には六月に生まれた長男がいました。球場での初観戦です。大谷選手は二塁を回りながら、そちらへ手を振っています。
試合後、球団の警備員が捕球したルイス・ゴメスさんのもとを訪れ、交換したいという伝言を伝えました。ゴメスさんは理由を尋ねましたが、その場では教えてもらえませんでした。警備員自身も、詳しい事情を知らされていなかったといいます。
言えば通る話でした。生まれたばかりの息子が初めて球場に来た日の一本です、と伝えれば、断れる人はまずいません。それを言わずに頼んでいます。
ゴメスさんは後になって理由を知り、交換に応じました。迷いはなかった、と語っています。届いたのは直筆のサイン入りバットとボールの二点でした。額に入れて自宅に飾る予定だそうです。
この件は第一話に詳しく書きましたので、ここまでにします。
令和六年九月十九日、マーリンズ戦。大谷選手はこの日、三本の本塁打と二つの盗塁を記録し、大リーグ史上初めて一シーズンでの五十本塁打・五十盗塁を達成しました。その五十号が、左翼席へ飛び込みます。
ボールは激しい争奪戦の末に、ある男性の手に渡りました。
球団は買い取りを申し入れましたが、男性はこれに応じず、持ち帰りました。
そしてオークションに出品されます。開始価格は五十万ドル。最終的に四百三十九万二千ドル、日本円にしておよそ六億円で落札されました。それまでの記録だったマーク・マグワイア選手の七十号を大きく上回り、あらゆるスポーツの球として史上最高額となりました。
落札したのは台湾の投資会社でした。そのボールは今、台北一〇一の展望台にあります。ガラスケースの中に、厳重な警備のもとで展示されています。
さらに、話には続きがあります。
十八歳の誕生日を記念して観戦に来ていた少年が、いったん自分の手にあったボールを別の男性にもぎ取られたと訴え、裁判になりました。複数の観客が撮影していた映像が、証拠として法廷に提出されています。オークションそのものは全当事者の合意で続行されましたが、所有権の争いは続きました。
大谷選手は、どちらについても何も語っていません。
五十号の件で、返してほしいと訴えることはありませんでした。持ち帰った男性を非難する言葉も、オークションへの感想も、訴訟についての意見も、公の場では一切出ていません。
あのボールは、記録の上でも記念の上でも、値段のつけようがないものでした。それでも求めなかった。
そして二年後、二十四号のときには自分から求めました。けれど、その理由は言わなかった。
私はこの二つを並べて、なるほどと思いました。求めないときも、求めるときも、同じ姿勢なのです。相手に判断を委ねている。
五十号のときは、スタンドに入った以上その人のものだという考えを通した。二十四号のときは、欲しいと伝えたうえで、断る余地を残した。理由を言えば断りにくくなりますから、言わなかった。
どちらも、相手を追い込んでいません。
五十号を持ち帰った男性を、私は責める気になれません。
史上初の記録がかかった球です。六億円の値がついたことが、その価値を証明しています。球団の申し出を断って自分で売ることは、法的にも道義的にも咎められることではありません。アメリカの記者も、あれは署名入りのバット一本と写真一枚で手放すようなものではない、と書いていました。
そして、その判断を尊重したからこそ、大谷選手は何も言わなかったのだと思います。
ゴメスさんが応じたことと、五十号の男性が断ったこと。この二つは、どちらも自分で決めたという点で同じです。 押しつけられて従ったのではありません。
美しい話だけを並べていたら、この対比は見えませんでした。断った人がいて初めて、応じた人の判断が際立ちます。
あの五十号のボールは、今も台北の高層ビルの展望台にあります。落札した会社は、地元の若い野球選手たちを励ますための展示にしたいと述べています。
アメリカの球場で、日本の選手が打った球を、台湾の会社が買い、台湾の子どもたちが見に行く。
争奪戦があり、訴訟があり、六億円という値がつきました。人間の欲も、争いも、全部そこにありました。それでもボールは、最後には子どもたちが見上げる場所に落ち着いた。
そういうこともあるのだな、と思うのです。
大谷選手にまつわる小さな出来事を、一話にひとつずつ書き留めていきます。称賛の言葉は、なるべく足しません。起きたことだけを並べて、あとは読んでくださる方に委ねます。
そして、確かめられなかった話は書きません。今回は、集めようとした話がそもそも存在しないと分かった回でした。それも記録のうちだと思っています。


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