アイヌは本当に「先住民族」なのか?DNA85%一致でも“縄文人の末裔”ではない理由

# 先住民族という名の楔
## ── 露中が日本に向ける「分断の論理」
生かされて今を存在する/三原嘉明
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## 一、四か月早かった発言
平成三十年(二〇一八年)十二月十九日、北海道新聞が一つの記事を載せた。ロシアのプーチン大統領が、アイヌ民族をロシアの先住民族として認定する考えを示した、という内容である。
この四か月後、令和元年四月十九日に、日本ではアイヌ施策推進法が成立した。アイヌを「先住民族」と法律に初めて明記した法律である。
順序に注意していただきたい。**ロシアが動いたのが先で、日本の立法は後**である。
この事実は、二つのことを教える。一つは、「日本の法律がロシアを刺激した」という説明は成り立たないということ。もう一つは──こちらが重要だ──**ロシアは日本の立法を待つまでもなく、この論法を用意していた**ということである。
日本国内の制度がどうであれ、使えるものは使う。相手はそういう構えでいる。
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## 二、年表が語るもの
ここから四年後、令和四年(二〇二二年)四月、ロシアの対日姿勢は言葉を選ばなくなる。
政治学者セルゲイ・チェルニャホフスキーは、東京は政治的にロシア領であった北海道を不適切に保持している、と主張した。その根拠として挙げたのが、北海道に住むアイヌはロシア民族の一つである、という説だった。
翌日、下院副議長セルゲイ・ミロノフが述べる。ロシアは北海道に権利を持っている、と。ロシア語原文の確認もなされ、同氏は関東軍の運命に言及する恫喝的な発言も併せて行っている。
ウクライナ侵攻の直後、日本が対露制裁に踏み切った時期である。制裁への報復として、北海道への領有権主張が持ち出された。その論理的な足場が「アイヌはロシアの先住民族である」だった。
同じ構造が、南でも動いている。
令和五年六月四日、中国共産党機関紙・人民日報が一面で報じた。習近平氏が北京の史料館を視察した際、福州で働いていた頃に琉球との交流の淵源が深いことを知った、と語ったという。十四世紀に中国から琉球に渡った職能集団「久米三十六姓」にも触れている。
一見、単なる懐旧談である。だが機関紙一面という扱いが、そうでないことを示していた。台湾に近い沖縄の帰属を問題化し、日本を揺さぶる狙いだという見方が広がった。
令和七年十一月、それは明確な形をとる。高市早苗首相が十一月七日の衆議院予算委員会で台湾有事に関する答弁を行うと、中国はその中旬以降、「琉球地位未定論」を持ち出しはじめた。十一月十九日には環球時報が、琉球諸島の主権帰属には歴史的・法的な議論が常に存在する、とする社説を掲載している。
この「琉球地位未定論」自体は新しくない。サンフランシスコ平和条約に調印しなかった中華人民共和国政府が、同条約は無効との立場から唱えてきたものである。七十年以上、棚に置かれていた道具が、必要に応じて降ろされた。それだけのことだ。
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## 三、なぜ「先住民族」なのか
北と南、別々の国が、別々の時期に、同じ形の主張をしている。偶然ではない。この論法には、攻める側にとって四つの利点があるからだ。
**第一に、内政問題を国際問題に転換できる。**
領土問題を正面から提起すれば、二国間の紛争になる。だが「先住民族の権利」の枠で提起すれば、国連の人権機関という土俵に持ち込める。二〇〇七年の国連先住民族権利宣言には自決権に関する条項があり、その解釈を広げれば分離独立の論拠に接続しうる。日本は宣言に賛成票を投じており、退路が塞がれている。
**第二に、相手国の善意を逆手に取れる。**
日本がアイヌ施策を進めたのは、長年の差別の歴史に向き合うためである。二〇〇八年には衆参両院が全会一致でアイヌを先住民族とする決議を採択した。誰も外国の領土主張を利する目的で動いてはいない。
その善意の産物が、そのまま材料として使われる。**これが最も厄介な点だ。**善意を止めれば国内に別の問題が生じ、続ければ外に材料を与える。攻める側は、こちらがどちらを選んでも損をする構図を作っている。
**第三に、否定しにくい。**
「アイヌは先住民族ではない」と言えば、差別的言説として国際的に扱われる。日本国内でも同様である。反論の入口が、あらかじめ塞がれている。
**第四に、費用が安い。**
軍艦を動かす必要がない。論文を書き、動画を作り、機関紙に載せればよい。効かなければ棚に戻し、必要なときにまた降ろす。
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## 四、突くべき一点
だが、この論法には決定的な弱点がある。
**使っている当人が、自国では同じ基準を認めていない。**
ロシアは、アイヌを先住民族と認定する一方で、チェチェンの分離独立を武力で鎮圧した。中国は、琉球の帰属に歴史的議論があると言いながら、ウイグル、チベット、内モンゴルにおける同種の主張を一切許さない。
先住民族の自決権を語る資格が、この二国のどこにあるのか。
これは感情論ではない。国際的な場で通用する、構造的な指摘である。日本が反論を組み立てるなら、ここが起点になる。相手が「先住民族の権利」という普遍的価値を持ち出す以上、その価値を自分に適用しない矛盾は、致命的な瑕疵として突ける。
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## 五、今は効いていない。だが。
冷静に見積もっておきたい。
沖縄では、戦後に多くの住民が本土復帰を望んだ経緯もあり、自分たちは日本人であるという意識が広く共有されている。琉球独立論は、ほとんど世論の支持を得ていない。中国側が流す工作動画は、琉球独立と中国への復帰をひとまとめに主張しており、独立派の活動家ですら受け入れがたい内容である。動画の質も、数は多いが大半は粗雑で、日本人の心を動かす力を持っていない。
北海道についても同様である。ロシアの主張を真に受ける日本人は、まずいない。
つまり現状、この工作は失敗している。過大に恐れる必要はない。
問題はその先だ。**認知戦は、一撃で決まるものではない。**十年、二十年をかけて、少しずつ言説の地形を変えていく類のものである。今日の粗雑な動画が、明日も粗雑である保証はない。日本語が堪能な担い手が増え、日本人の琴線に触れる文脈を学べば、質は上がる。
そして日本側には、これに継続的に反論する仕組みが、事実上ない。
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## 六、四つの備え
提案を四点にまとめる。
**一つ、政府による定期的な反論と記録。**
琉球地位未定論や北海道への領有権示唆が出るたび、外務省が公式に反論し、その記録を蓄積・公開する。反論しない期間が長いほど、「日本は否定しなかった」という既成事実が積み上がる。国際世論の場では、沈黙は同意と読まれる。
**二つ、先住民族施策と領土主権の切断を明文化する。**
アイヌ施策推進法は施行五年後以降の見直しが予定され、政府は各地で意見交換を重ねている。この見直しの機会に、本法が領土・主権に関するいかなる主張の根拠ともならない旨を確認する規定を置くことを検討すべきである。国内の施策を後退させることなく、外部からの転用のみを封じる。これが最も現実的な解だ。
**三つ、ダブルスタンダードを国際場裡で突く。**
第四節に述べたとおりである。相手の土俵で、相手の矛盾を指摘する。
**四つ、国内世論への説明。**
今この構造を知っている日本人は、多くない。知らされていないものに、備えることはできない。
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## 七、目的を取り違えないために
最後に、一つだけ確認しておきたい。
この論を立てる目的は、アイヌの人々や沖縄の人々を疑うことではない。まったく逆である。
アイヌの人々は日本国民であり、沖縄の人々も日本国民である。長い歴史を共にしてきた同胞だ。その人々の由来や文化を、外国が自国の領土的野心の道具として使おうとしている──**これは彼らに対する侮辱でもある。**
守るべきは、日本の統合であり、同時に、勝手に道具にされようとしている同胞の尊厳でもある。二つは対立しない。同じものの表と裏である。
外から楔を打ち込もうとする者がいる。ならば、打ち込まれる隙間を作らないことだ。隙間は、互いへの疑いから生まれる。
疑うべきは、外である。
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### 主な出典
– 北海道新聞(2018年12月19日)── プーチン大統領のアイヌ民族に関する発言
– J-CASTニュース(2022年4月7日)── チェルニャホフスキー氏の北海道に関する主張
– 各種報道(2022年4月8日)── ミロノフ下院副議長の発言
– 人民日報 一面(2023年6月4日)── 習近平氏の琉球に関する発言
– 日本経済新聞(2023年6月)── 同発言の分析
– 環球時報 社説(2025年11月19日)── 琉球諸島の主権帰属に関する論説
– アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(平成31年法律第16号)
– 実業之日本フォーラム ── 琉球をめぐる認知戦の分析
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