第五章・いのちの時代 連載第百四十五話 たくさんの小さな輪

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第五章・いのちの時代 連載第百四十五話 たくさんの小さな輪

第五章・いのちの時代
連載第百四十五話「たくさんの小さな輪」

通夜の日、会場は数多くの塾生であふれかえっていた。

ただ、先生ご自身がだいぶ高齢であったこと、そして教え子たちもそれぞれに齢を重ねていたこともあって、中には足腰が不自由で、出席のかなわなかった方もいらっしゃったようである。集うということの中に、すでに歳月がにじんでいた。かつて子どもだった人たちが、今は老いを語る齢になっていた。

四十年、五十年と続いた塾であった。結局のところ、その芯は先生お一人であった。けれど、この塾の強さは、縦のつながりよりも、横のつながりにあった。

数学研究会という、独自の自治組織があった。それ以外にも、多くの輪ができていたはずである。学年を越え、世代を越えて、あちらでもこちらでも、人と人とがつながっていた。

その夜、会場のあちらこちらで、小さな輪が咲いていた。久方ぶりに顔を合わせた者たちが、肩を寄せ、昔を語り合っていた。おそらくその夜は、府中のあちこちで、同期の会合が催されたことであろう。悲しみの席でありながら、そこには確かに、再会の温もりがあった。

彼のもとを訪ねてこられた人たちもいた。あのころ世話になった、と声をかけてくださる。話をするうちに、彼は、あらためて一つのことを知った。自分もまた、この場所で鍛えられた一人であったということ。子どもたちと一緒に、人生の一時期を歩んだ一人であったということ。送る側にばかり立ってきたつもりが、自分もまた、あの輪の中にいたのである。それを知ることのできた夜であった。

前日の、通夜の前には、出棺にかかわる多くの儀式を経験した。

湯かんと呼ばれる、お清めの儀式があった。彼には、初めて見るものであった。ただ、それは、特別養護老人ホームや訪問介護の現場で行った、お別れのエンゼルケアと同じものなのだと感じた。「逝くため」の、最後の身づくろいである。送られる人が、きれいな姿で旅立てるように整える。名前も作法も違っても、根にあるものは同じであった。

先生に施されたエンバーミングは、戦争によって進化したものだと、耳学問に聞いたことがある。確かなことは分からない。だが、戦場で手足を失い、傷ついたご遺体を、遺族のもとへ届けるとき、その悲しみを少しでも和らげる。おそらくは、そういう願いから生まれた技であったのだろう。死者を悼む心が、その技を育てたのだと思う。

葬儀の前後で、おそらく多くの人が、同じことを思うのではないだろうか。ご遺体は、最終的にはお骨になる。けれど、そのお骨に故人を感じる人は、案外少ないのではないか。

彼のいだく感覚は、やはり、土に還る、という言葉が近い。かたちあるものが、かたちを解いて、大きなものへ戻ってゆく。

歳月を経た今、振り返って、思う。故人とお別れをしたあとは、故人は、それぞれの関係者の思い出の中に現れる。そして、その中で生きるのである。あの夜、会場に咲いていたたくさんの小さな輪は、悲しみの輪であると同時に、先生が生きつづける場所そのものであった。一人ひとりの記憶の中で、先生は今も、教え、叱り、笑っておられる。

生かされて、今を、存在する。人は死んでも、誰かの中で生きつづける。それを、あの通夜の夜、彼は数多くの輪の中に、確かに見た。

あちらこちらで小さな輪が咲いていた、あの夜の会場の温もりを、今も、自分は、確かに、覚えている。


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