第五章・いのちの時代 連載第百四十二話 最後の葬送

そして、先生を送り出す日が来た。
あの正面玄関から、院長以下、関係する職員のすべてが立ち会って、先生は送り出された。裏口からではない。人目を避けてでもない。正面から、皆に見守られて、である。
その場に立ちながら、彼は、人生観が変わる瞬間というものを味わっていたのだと思う。
ベニヤの艇に乗り、海上特攻の訓練を受けた人であった。同期百名のうち、生き残ったのは二人だったという。散るはずだった若者が、戦後を生きた。子どもたちを鍛えて世に送り出し、同時に教師を育て、常にみなとともにあった。人を生かす側に立ち続けた一生であった。
その一生を、医療機関が、最大の賛辞をもって、真っ先に送り出すのである。
言葉はなかった。誰も何も説明しない。ただ、そこに立ち並んだ人たちの姿が、この方の一生に対する敬意を、そのまま形にしていた。
七十年余りの歳月を隔てて、二つの光景が彼の中で重なった。江田島の海で、名も告げられぬまま散っていった百人の同期。そして今、名を呼ばれ、皆に見送られて旅立つ一人の老人。同じ人が、その両方の側に立っていたのだ。
あのとき散った人たちには、この見送りはなかった。だからこそ、この見送りには意味があるのだと、彼は思った。生き残った者が、生きて、人を生かして、そのうえで送られる。それは、散った同期への、最後の報告のようなものではなかったか。
ここでひとつ、書いておきたいことがある。
あの光景を見て以来、彼の死生観は、はっきりと変わった。
死は、恐れるものではない。何十年かこの世を生きてきて、最終的な眠りに就く。平安の床に向かう。ある意味で、安堵できる世へ向かうのだと考えれば、何も恐れることはない。そういう気持ちにさせられる、最後の葬送であった。
介護の現場で、彼は幾人もの旅立ちに立ち会ってきた。妻を看取った年月もあった。死を近くで見続けてきた人間である。それでもなお、あの正面玄関で、彼は初めて腑に落ちるものを得た気がした。死をどう扱うかによって、死そのものの見え方が変わる。隠されれば、それは恐ろしいものになる。堂々と送られれば、それは人生の締めくくりになる。
歳月を経た今、振り返って、思う。あの日、送り出されていったのは、彼を導いてくれた師であった。同時に、彼自身のそれまでの死生観でもあったのだろう。
生かされて、今を、存在する。いつか自分にもその日が来る。そのとき、恐れはないのだと、あの正面玄関で教わった。
皆に見送られて、青梅の空の下へ出てゆかれた先生を、今も、自分は、確かに、覚えている。
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