第五章・いのちの時代 連載第百三十二話 けじめ

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第五章・いのちの時代 連載第百三十二話 けじめ
至誠の覚醒

第五章・いのちの時代
連載第百三十二話「けじめ」

一応、社会人としての務めは、六十五歳で、けじめがついた形になった。

思えば、様々な経験を積んできた。日産の工場があり、輸出の仕事があり、中近東があった。九州があり、姓名科学があった。そして最後に、介護の現場があった。ずいぶん、遠くまで来たものだ。それでいて、振り返れば、あっという間の六十五年だった。

長かったのか、短かったのか。彼には、うまく言えない。ただ、一つの区切りが、静かに、そこに置かれた。それだけは、確かだった。

東府中に来てからは、一つの、ありがたい縁があった。

筒田先生のご自宅が、自転車で五分ほどの、近さにあったのだ。

だから、彼は、しばしばお邪魔した。そして、先生と、いろいろな話をすることができた。かつて、多磨塾で導かれた、あの先生と。若き日に、人生の最初の転機を与えてくださった、あの先生と。歳を重ね、あらためて、膝を交えて語り合う。それは、彼にとって、何ものにも代えがたい時間だった。

ただ、そのころには、先生の認知症は、すでに、進んでおられるようだった。

話が、ときどき、行きつ戻りつする。同じことを、二度、三度とおっしゃる。かつて、あれほど明晰に、彼を導いてくださった先生が、少しずつ、遠いところへ行かれようとしている。その気配を、彼は、感じないわけにはいかなかった。

東府中の介護の現場が休みのときには、彼は、先生にまつわる仕事を、少しずつ、していた。

奥多摩の山荘の、解体。八ヶ岳の山荘の、草刈り。そして、廃物の処理。先生がかつて営まれたものを、たたんでいく仕事だった。府中の事務所で定年を迎えるころには、奥多摩山荘の、大まかな解体は、すでに終わっていた。八ヶ岳の山荘に置かれていた、たくさんの勉強机や椅子――かつて、塾で使われたのであろうそれらの――廃棄も、済んでいた。

机と、椅子。かつて、若者たちが、そこに向かって学んだ、机と、椅子。それを、彼は、一つずつ、片づけていった。

歳月を経た今、振り返って、思う。

社会人としてのけじめは、六十五歳でついた。けれど、彼には、もう一つ、果たすべきことが残されていた。かつて導いてくださった師の、その晩年に、寄り添うこと。学んだ者が、教えた者を、こんどは支える。それは、務めというより、めぐりあわせのようなものだったのではないか。人生は、こうして、始まったところへ、静かに、還っていくのかもしれない。

生かされて、今を、存在する。

自転車で五分の道を、先生のお宅へと向かった、あの何度もの午後を、今も、自分は、確かに、覚えている。



#牧正人史 #マシレ予測 #至誠の覚醒 #姓名科学

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