第五章・いのちの時代 連載第百二十九話 午前二時の同乗

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第五章・いのちの時代 連載第百二十九話 午前二時の同乗
至誠の覚醒

第五章・いのちの時代
連載第百二十九話「午前二時の同乗」

これは、特養にいたころの話である。

ある日の夜勤の、申し送りのときだった。あの部屋の、あの方が、少し体調が悪いようだから、しっかり巡回してほしい――そういう話が出ていた。

その方には、以前、腸ねん転を患った履歴があった。ああいう病は、癖がつきやすい。彼には、そういう事前の知識があった。だから、その名を聞いたとき、少し、気に留めた。

夜間は、一人あたり、二回から三回の排泄介助がある。その方は、便秘のために下剤を処方されていた。一度目の介助のときには、問題はなかった。ところが、二回目に入ったとき、彼は異常に気づいた。苦しそうな表情。そして、腹部に、明らかな異常があった。

すぐに、夜間のナースに緊急の電話を入れた。ナースの見立ても、やはり、腸ねん転の再発の可能性が高い、というものだった。ただちに、救急車の手配が行われた。

同時に、親族への連絡も取った。だが、つながらなかった。

やむを得ず、彼が、救急車に同乗することになった。

搬送先は、神奈川の救急病院だった。着いてすぐ、腸ねん転と診断され、緊急手術が決まった。午前二時に病院へ搬送され、二時半には、もう手術が始まっていた。一時間ほどで、手術は無事に成功し、その方は、そのまま入院することになった。

彼は、その一部始終に、肉親の代わりとして、立ち会った。

あとで聞いた話に、彼は言葉を失った。その方には、子どもが数人いた。けれど、その子どもたちも、みな、それぞれに病を得て、医療機関に入院していたのだという。だから、親の手術に、誰も立ち会うことができなかった。

家族が、いないわけではなかった。ちゃんと、いた。数人の子が、いた。それでも、その夜、親の枕元に立てる者は、一人もいなかった。それぞれが、それぞれの床に、伏せっていた。

だから、赤の他人である彼が、そこにいた。手術室の外で、見ず知らずの老親の、成功の報せを、家族の代わりに受け取った。

歳月を経た今、振り返って、思う。

人が老いて、いのちの際に立つとき、そばにいるのは、必ずしも血のつながった者とはかぎらない。その夜、その方のいのちのいちばん近くにいたのは、たまたま夜勤に入っていた、一人の介護職員だった。それもまた、縁というものだったのではないか。血ではなく、その夜、その場に居合わせたという、ただそれだけの縁が、人を、人のいのちの傍らに立たせる。

生かされて、今を、存在する。

午前二時、神奈川の病院の廊下で、家族の誰もいない手術室の扉を、一人で見つめていたことを、今も、自分は、確かに、覚えている。



#牧正人史 #マシレ予測 #至誠の覚醒 #姓名科学

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