第五章・いのちの時代 連載第百十九話 蘇生

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第五章・いのちの時代 連載第百十九話 蘇生

至誠の覚醒
第 五 章 ・ い の ち の 時 代
連載第百十九話
蘇生

ある夜の、ことだった。

彼の、仲間の、介護士が、夜勤の、見回りを、していた。寝たきりの、女性の、利用者さんの、部屋に、入る。経管栄養で、命を、つないでいる方だった。ほとんど、意識は、なかった。いわゆる、植物状態で、言葉を、交わすことは、できなかった。長く、長く、ただ、生かされていた。

その方が——息を、していなかった。

仲間は、とっさに、動いた。脈を、取る。瞳の、反応を、見る。心臓が、止まっている。そう、確認すると、彼は、ためらわなかった。電気ショックの、パドルを、取り出し、まず、心臓の、鼓動を、よみがえらせた。続いて、人工呼吸。息を、吹き込む。

——蘇生に、成功した。

見事な、ものだった。止まった、心臓が、また、打ち始めた。止まった、息が、また、めぐり始めた。職業人として、彼は、完璧な、ことを、した。目の前で、いのちが、消えかけたら、全力で、引き戻す。それが、務めだった。仲間は、その務めを、見事に、果たした。

けれど——話は、そこで、終わらなかった。

複雑だったのは、ご家族の、お気持ちだった。

この方は、もう、長く、意識が、なかった。回復の、見込みも、なかった。ただ、管で、栄養を、入れ、機械のように、生かされ続けていた。ご家族は——どこかで、もう、覚悟を、していたのかもしれない。そのまま、静かに、逝かせてあげるのが、本当は、この人のためなのではないか、と。

仲間は、後日、ご家族から、礼を、述べられた。けれど、その、最後に、ひとこと、こう、添えられたという。

「ただ——逝かせて、あげたほうが、あの人のため、だったかも、しれません」

責める、言葉では、なかった。むしろ、感謝の、あとに、漏れた、本音だった。深い、ところから、出た、答えの、ない、つぶやきだった。

彼は、その話を、聞いて——胸が、痛んだ。そして、ご家族の、気持ちが、わかる気が、した。

彼自身、先妻を、失っている。愛する人を、見送る、その、つらさを、知っている。だからこそ、思うのだ。意識も、なく、ただ、生かされ続けることが、本当に、本人のためなのか。安らかに、逝かせてあげることもまた、ひとつの、愛では、ないのか。けれど——目の前で、心臓が、止まれば、蘇生せずには、いられない。それも、また、人の、情だ。

救うことが、正しいのか。逝かせることが、優しいのか。

答えは、なかった。仲間も、正しかった。ご家族も、正しかった。延命と、尊厳。救命と、安らかな、最期。その、はざまに、たった一つの、正解など、どこにも、なかった。

その後の、ことは、彼には、わからない。ほどなく、彼自身が、その施設を、去ったからだ。ただ、風の、便りに、聞いた。蘇生した、その方は——数か月の、のちに、静かに、逝かれた、と。

四十年後の今、振り返って、思う。

あれほどの、技術で、いったんは、引き戻された、いのち。それでも、数か月で、その方は、逝かれた。あの、蘇生は、何だったのか。無駄だった、とは、思わない。けれど、ご家族の、あのひとことが、今も、彼の、胸に、残っている。いのちを、救うことと、いのちを、見送ること。そのどちらにも、愛が、ある。介護とは、医療とは、その、答えのない、はざまに、立ち続けることだった。彼は、その夜、仲間を通して、いのちの、いちばん、深い、謎に、触れていた。

生かされて、今を、存在する。

仲間が見事に蘇生させた、あの寝たきりの女性と、「逝かせてあげたほうがよかったかもしれない」と漏らした、ご家族のひとことと、その答えのない問いを、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。

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