第五章・いのちの時代 連載第百十四話 遠い国から来た同胞

その施設には、遠い、国から、来た、人たちが、いた。
フィリピンの、女性たちである。全職員の、一割ほどが、彼女たちだった。海を、越えて、はるばる、日本の、山の上の、特養まで、やってきて、お年寄りの、世話を、していた。
彼女たちは——よく、働いた。
日本語が、堪能だった。利用者と、笑い合い、冗談を、交わす。お年寄りの、聞き取りにくい、言葉も、根気よく、受け止める。夜勤も、汚れ仕事も、いとわなかった。彼と、同じ、現場で、同じ、汗を、かいた。仲間だった。
不思議なことに、と、彼は、思った。
彼女たちは、ある意味で——日本人よりも、日本人らしい、ところが、あった。お年寄りへの、敬い方。気の、配り方。場の、空気の、読み方。それらが、自然に、身についていた。遠い国から、来たのに、なぜ、と、彼は、思ったほどだ。
後で、わかったことが、ある。
彼女たちの、多くは、母国でも、都会ではなく、地方の、出だった。土地の、暮らし。古い、風習。年長者を、敬う、心。家族で、支え合う、習わし。そういうものを、身をもって、知っていた。だから、日本の、地方の、お年寄りの、心にも、すっと、寄り添えたのだろう。頭で、覚えた、知識ではない。体に、染みた、ものだった。文化の、違いは、もちろん、あった。けれど、彼女たちは、それを、一つずつ、具体的に、乗り越えていた。
彼は、彼女たちを、同胞だと、思っていた。
国籍も、生まれた、土地も、違う。けれど、同じ、現場で、同じ、お年寄りの、いのちに、寄り添う。同じ、夜を、二人で、看る。そこに、隔ては、なかった。遠い国から、来てくれた、仲間。彼にとって、彼女たちは、まぎれもなく、ともに、働く、同胞だった。
四十年後の今、振り返って、思う。
日本の、お年寄りの、人生の、最後の、時間に、海の向こうから、来た、若い人たちが、寄り添ってくれた。それは、ありがたいことだった。名前も、もう、思い出せない人が、多い。けれど、長い廊下を、一緒に、走り、汚れ仕事を、分け合い、利用者の、笑顔を、二人で、喜んだ、あの、フィリピンの、仲間たちの、明るさを、彼は、忘れない。遠い国から、来て、日本の、いのちの現場を、支えてくれた。彼は、今も、その人たちに、頭を、下げている。
生かされて、今を、存在する。
海を越えて来て、日本のお年寄りの終(つい)の時間に寄り添い、同じ夜を共に看てくれた、あのフィリピンの仲間たちの明るさと働きぶりを、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。
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