リサイクル社会というのは結局どう考えるべきでしょうか?
まずリサイクル社会の前段階として「大量生産、大量消費」の世界がありました。もし資源が無限にあり、地球が大きく、世界人口があまり多くなければ何の問題もないかもしれません。資源を湯水のように使い、それでできた製品で豊かな生活を楽しみ、さらに使ったものはそのままどこかに捨てても地球が処理をしてくれるということなのですから、悪いこととはいえないでしょう。しかし、もちろんこれは永久には続きません。
一つには地球の人口が増えたということです。一九世紀のはじめには七億人であった世界人口は二〇世紀のはじめには倍の一四億人になり、ニ一世紀はその四倍の六〇億人でスタートを切ろうとしています。
スマトラ島に棲むタイガーの数は、スマトラ島に住む人間の数が多くなると減少し、その関係はきれいな反比例の関係にあります。つまり、人間の数が少なければタイガーは殖えるし、人間の数が多くなるとタイガーは減るということです。
人間が生活するとその分、これまでの自然は徐々に破壊されていくという現実を示しているのです。それは自然というものの性質上、仕方のないことです。そして人類だけが他の動植物に対して比較にならないほど繁殖したことが難しい問題を起こした一つの原因となっています。
もう一つの要因は、人間一人一人が使う物質やエネルギーも増えてきているということです。昔は自動車は使いませんでしたし、住宅も簡単なもので作られていました。テレビや冷蔵庫もなく、洗濯機の代わりに洗濯板、もちろんエアコンなどはありません。
それに対して現代の私たちの一人一人が使う物質とエネルギーの量は膨大です。私たちは長い間、自然を「大自然」といって尊敬し、目の前の大海原や富士山に対する畏敬の念を禁じ得なかったのですが、人間の活動が大自然を凌駕(りようが)したのです。驚くべきことで、まだ実感がわきません。人間は今でも自分たちの方が大自然より小さいと錯覚しています。そこで、使い放題に使い、それを無造作に捨てているので、地球が汚れてくるのは当然です。その結果、オゾン層の破壊、広域的な汚染などが目立つようになってきているのです。
一九七〇年代の初頭、国連関係機関の主導で人類の将来についての計算が行われました。実際に計算をしたのは当時新しい学問として脚光を浴びていたシステムダイナミックスという手法をつかったMIT(マサチューセッツ工科大学)のメドウス博士でした。その結果、驚くべきことがわかったのです。
人類は二一世紀の半ばでほぼ三〇億人が餓死する。それは環境が汚染され、食料がなくなり、資源が枯渇するからだ、という訳です。この報告書がローマクラブから出されたときは誰もがビックリしあわてふためいたものです。
しかし、少し経って冷静になると、「宇宙船地球号」という考え方が広まりました。地球は有限のものであって決して無限の存在ではない。広い宇宙から見るとぽつんと浮かんだ宇宙船にしか過ぎない。宇宙船の中で人類は生活しているのだから当然、資源も限りがあるだろうし、廃棄物を宇宙船の中に捨てていれば汚染もされるだろう、ということです。
「神様の後知恵」というように現実に資源の枯渇が近くなり、汚染が始まり、そして計算をしてみると簡単な原理がわかってくるのです。
それから三〇年、人類は頭で「私たちは宇宙船地球号に乗っているのだ」ということがわかったのですが、体がいうことを利かない、という状態にあります。
それが現在の世界であり、日本でもあります。そこで第二の方法が思いつきます。
それが「リサイクル」でした。
「ものは使いたい。しかし地球は有限だ。それなら使ったものを繰り返し使えば、相変わらずものを使える」という発想です。リサイクルの根底には大差消費、大量生産があるというのはこのような発想をいっています。やはり人間は倹約をしたくないのです。つまりリサイクルという思想は「使うものは減らしたくない」という思想です。使うものを減らせば廃棄物問題も、資源問題もなくなるのですから、リサイクルというのは大羹に物質を使うことが前提になっているのです。
しかし現実は人間の希望通りにはなりません。リサイクルは捨てるより労力がかかります。そして、物質を大量に使う経済体質はニ一世紀の世界では国際競争力を持たないでしょう。ニ一世紀には資源の枯渇が予想され、ものの価格を上昇しますので、国民一人あたりの物質消費差が少ない方向になるでしょう。
物質の使用量が少なくなり、みんなが製品寿命限度一杯に使うようになると、資源や環境の問題は自然消滅します。大量生産、大量消費、そして大量リサイクルという際限ない「増幅サイクル」の中で日本は未来を見いだせないのです。本当に私たちの未来を拓くには「少量生産、少量消費、そしてリサイクルをしない」ということであり、それこそが環境を守り、日本の経済力を高め、景気を永続的に回復させる解決策なのですそうすれば現在の矛盾した「マッチボンプとしての環境問題」はなくなると思います。
『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より