2020-07

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阿耨多羅三藐三菩提を得たもう

次に、「阿耨多羅三藐三菩提を得たもう」ということですが、この語は、梵語の音をそのままに写したもので、原語でいえばアヌックラ、サミャク、サンポーディン」というのであります。 すなわち阿耨多羅とは無上という意味で、これ以上のものはないということ...
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親への思慕は単なるセンチメント

まことに「 井戸のぞく子にありだけの母の声 」です。親の愛は絶対です。今日の若い連中からは、あるいは頭の古いセンチメントだなんて笑われましょうが、親の情はほんとうにありがたいものです。その親の恩のわからぬ連中は人間の屑です。「親の恩歯がぬけ...
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仏陀は自覚した人

仏教の教えも、ちょうど、それと同じです。一切の衆生(ひとびと)には、仏となる素質がある。(一切衆生悉有一仏性二)いや「衆生本来仏なり」で、素質があるのみならず、皆仏であるのです。ただ仏であることを自覚しないがために、凡夫の生活をやっているわ...
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肚でさとれ

ただ頭で学ぶだけで、肚(はら)で覚(さと)らないからです。学者であって、覚者でないからです。とかく学者は学んだ智慧に囚われやすいのです。いわゆる智惹負けする人が、学者の中には多いのです。しかし「覚者」は智慧に使われず、かえってその智慧を使い...
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三合の病いに八石五斗の物思い

あの名高い白隠禅師の語録の中に、 こんな味わうべき言葉が示されています。病と闘いつつ、ついに病を征服した人のことばだけに、なかなか意味ふかいものがあります。「世に智慧ある人の病中ほど、あさましく、物苦しいことはなきことなるぞや。来し方、行く...