報道の裏を読む — 展望力をつけるために 舵の居場所を変えた人

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報道の裏を読む — 展望力をつけるために 舵の居場所を変えた人

報道の裏を読む — 展望力をつけるために
舵の居場所を変えた人
ゲートラダーの話は、どこまで本当か — 海外の解説動画を読む
瀬戸内海を走る小さな青と白のコンテナ船が、同じ積荷、同じ航路、同じ天候、同じ機関の姉妹船より、ずっと少ない燃料で走っている。海上試運転で十四パーセント、実際の航海では三十パーセント近い差がついた。計器の故障を疑って技術者が飛んで来たが、計器は正しかった。——英語の解説動画は、こんな場面から始まります。秘密は船尾にありました。蒸気船の時代からずっとプロペラの真後ろに置かれてきた舵を、一人の日本の技術者が動かした。「ゲートラダー」と呼ばれる仕組みです。話が本当なら、海運の燃料費を大きく下げる画期的な発明です。けれども、一パーセントを争う業界で十四パーセント、三十パーセントという数字は、まず疑ってかかるべきでもあります。この記録では、動画の主張を一つずつ、論文や企業の発表と突き合わせながら読んでいきます。
第一部 百五十年動かなかった舵
1 舵は、航海の大半で「寄生虫」
スクリュープロペラが外輪に勝ったのは一八四〇年代です。外輪船とスクリュー船を綱引きさせ、スクリュー船が相手を後ろへ引きずった話は有名です。以来、大型船の船尾は決まった形をしてきました。回るプロペラ、そのすぐ後ろに平たい舵。タンカーもコンテナ船もフェリーも、みなこの配置です。
動画が言う問題はこうです。外洋を何日も直進する貨物船にとって、舵はほとんど何もしていない。それなのに、プロペラが速めた水流がまともに当たる、船のまわりで最も流れの速い場所にぶら下がっている。抵抗は流速の二乗で増えるので、これ以上悪い置き場所はない。しかもプロペラの後ろの水はねじれながら舵に当たり、抵抗だけでなく振動や騒音、鋼材の浸食まで生む。造船の世界はこれを「舵を持つための税金」として払い続けてきた、というのです。
2 税金が急に高くなった
国際海運が出す二酸化炭素は、人類全体の約三パーセント。国際海事機関(IMO)は大幅な削減を約束し、既存の船にも設計の効率を測るEEXIと、毎年の運航実績をAからEで格付けするCIIを課しました。成績の悪い船は運航の見直しを迫られ、借り手も買い手もつきにくくなる。燃費の一パーセントが、そのまま船の値打ちと生き残りに関わる時代になった、というのが動画の説明です。ここまでは制度の事実として正しい説明です。
3 門柱のように、プロペラを挟む
そこに登場するのが佐々木紀幸氏です。日本の造船研究の現場で、模型を曳く水槽や伴流の計測に長年携わり、のちにイギリスのストラスクライド大学でも教えた流体力学の技術者です。佐々木氏は、誰も触れなかった前提を問いました。そもそも、なぜ舵はプロペラの後ろにいなければならないのか。
答えは、舵を二枚に分け、翼の形にして、プロペラの左右に門柱のように立てることでした。プロペラはその「門」の間で回る。だからゲートラダーです。動画は、その利点を三つに整理しています。
一つ目は、舵がプロペラの真後ろの速い流れから外れるので、最大の抵抗がなくなること。二つ目は、翼形の二枚がプロペラを半ば包む筒のように働き、タグボートが使うダクト付きプロペラに近い効果を、重い輪を付けずに得ること。三つ目が最も面白いところで、翼には揚力が生じ、その一部が前向きに働く。抵抗でしかなかった舵が、推力の一部を生むようになる、というのです。
操縦性も変わります。二枚の舵はそれぞれ別の装置で動かせるので、二枚をそろえれば速力のあるまま鋭く曲がり、逆向きに開けばプロペラの流れを絞ったり曲げたりして、ほとんど止まった状態でも向きを変えられる。ブレーキの役もこなす。狭い港に出入りする内航船にとっては、燃費と同じくらい大きな利点です。
第二部 数字を確かめる
4 しげのぶと、その姉妹船
二〇一七年、今治の山中造船で、世界初の実物大ゲートラダーを付けたコンテナ船「しげのぶ」が完成しました。開発には日本財団の支援があり、横浜のかもめプロペラなどが加わっています。この船の価値は、ほぼ同じ設計の姉妹船が、従来型の高性能な舵を付けて同じ仕事をしていたことにあります。違いは舵だけ、という比較実験が、実際の商船で成り立ったのです。
事実の確認① 十四パーセントと三十パーセント
しげのぶの建造と姉妹船との比較は事実です。鳥取県の資料では、しげのぶは二〇一七年十二月就航の二、四七九トンのコンテナ船で、海上試運転では同じ速力で主機の出力が十四パーセント少なくて済みました。英ストラスクライド大学のリポジトリにある論文(佐々木紀幸、栗林定友、エイドリアン・マイルズの各氏)でも、試運転で十四パーセント、引き渡し後九か月の航海データでは差が二十九パーセントに広がったとしています。
ただし、注意が二つあります。まず、二十九パーセントの差の主な理由として論文が挙げているのは、波そのものではなく、自動操舵で針路を保つために舵を細かく切る際の抵抗の差でした。動画が「波が荒いほど差が広がる」と説明しているのは、その一部を言い換えたものと見るのがよさそうです。次に、鳥取県の資料が示す年間の就航実績は「約二十パーセント」です。期間や比べ方によって数字は動きます。確かな下限として十四パーセント、通年でおよそ二割、条件がそろえば三割近く、と幅で受け止めるのが妥当です。
論文の著者には、発明者の佐々木氏と、船主側の栗林氏が入っています。当事者による測定であることは、頭に置いておくべき点です。
5 静かになった、という話
動画は、しげのぶが姉妹船より約五デシベル静かだと言います。プロペラに流れ込む水が整うので、羽根の表面で水が引きちぎられて泡がはじける「キャビテーション」が減り、騒音も金属の傷みも減る、という説明です。北米の西海岸では、静かな船を優遇する取り組みも始まっています。
事実の確認② 外部の検証
欧州連合の研究計画「GATERS」は、ストラスクライド大学が取りまとめ、イスタンブル工科大学など十八機関が参加して、ゲートラダーを既存船に後付けする研究を行いました。IMOで行われた発表資料によれば、トルコの一般貨物船「ERGE」を改造した試験で、燃料消費が最大三十五パーセント減り、水中の騒音は最大十五デシベル下がりました。イスタンブル工科大学の模型試験でも、キャビテーションと騒音の低減が確かめられています。
これは動画の言う「独立した研究者による検証」に当たります。ただし、改造前の試験は風力四、改造後は風力三と海の条件が違い、最大値の比較でもあります。取りまとめ役のストラスクライド大学は佐々木氏とゆかりの深い大学で、完全に無関係な第三者とまでは言えません。それでも、別の国の別の船で、別の組織が実船試験をして同じ向きの結果が出たことの重みは大きいと思います。動画の言う五デシベルという数字そのものは、私は確かめられませんでした。
6 なぜ、今まで誰もやらなかったのか
動画は、ここで自分に問いを向けます。それほど良いなら、なぜ早くやらなかったのか。答えは、業界の保守性は愚かさではなく構造だ、というものでした。舵は安全に直結する部品で、造船所は船級協会が何千回も認めてきたものを造り、船主は保険会社が理解できるものを買う。新しい船尾には模型試験と新たな承認、二台の操舵装置、船長の慣れが要る。初期費用も高く、船体とプロペラに合わせて一体で設計しなければ効果は出ない。この説明は、もっともだと思います。
7 日本は前にもやっている
日本の船尾の工夫には前例があります。一九八六年、商船三井が西日本流体技研、ミカドプロペラと開発したのが「PBCF(プロペラボスキャップフィン)」です。プロペラの中心から渦を巻いて捨てられるエネルギーを、小さなひれの付いた蓋で断ち切る。動く部品はなく、ボルトで留めるだけです。
事実の確認③ PBCFと、ワルトシラ
PBCF:共同開発の三社と、一九八七年の販売開始、三から五パーセントの省エネは、商船三井テクノトレードの発表どおりです。「累計で最も売れた省エネ船舶付加物」としてギネス世界記録にも認定されています。ただ、搭載隻数は二〇二〇年末で三千五百隻超、その後三千六百隻超と報じられており、動画の「四千隻超」は私の側では確かめられませんでした。二酸化炭素の削減累計は、同社の試算で約四千六百万トンです。
ワルトシラとの契約:フィンランドの舶用大手ワルトシラは、二〇二〇年二月二十八日に栗林商船と契約を結び、三月三十日に発表しました。特許の共同保有者であるかもめプロペラ、海上・港湾・航空技術研究所、山中造船、佐々木教授の同意を得たもので、日本以外の世界市場での開発・販売・保守を担います。新造船にも既存船にも適用できるとしています。ただし同社の発表には省エネ率の数字は書かれておらず、動画の「最大二十パーセント」は確かめられませんでした。
普及:鳥取県の資料では、二〇二四年末までの導入は十隻です。コンテナ船、貨物船、練習船、遠洋の鮪はえ縄漁船、四千百五十トンのタンカーと、船の種類は広がりつつありますが、まだ大半が内航の中小型船です。
第三部 海運のコストはどこまで下がるか
動画は最後に計算を広げます。海上を運ばれる貨物は年に約百十億トン。世界の数万隻のうち意味のある割合で推進エネルギーを一、二割減らせれば、燃料にして数千万トン、二酸化炭素にして年に一億トン規模になる、と。さらに、これからの燃料であるアンモニアやメタノール、水素は、重油よりはるかに高くかさばる。だから、使わずに済む燃料こそ一番安い燃料で、省エネ装置は脱炭素への橋になる、と言います。
この筋道自体は正しいと思います。燃料費は運航費の中で大きな割合を占めますから、二割の省エネはそのまま船主の手取りに効きます。値の張る新燃料の時代になれば、その効き目はさらに大きくなります。
ただし、一億トンという数字は「広く普及すれば」という仮定の上の見込みです。今のところ実績があるのは、一軸のプロペラを持つ内航の中小型船です。数万トン級のばら積み船や大型コンテナ船で同じ割合が出るかどうかは、これからの建造と実績にかかっています。後付けでも効果が出ることは欧州の試験で示されましたが、船体とプロペラに合わせた設計が要るので、どの船にもボルトで付けられる部品ではありません。
私の見立て
真偽をまとめると、こうなります。ゲートラダーが実在し、実際の商船で二桁の省エネを示したことは、本当です。十四パーセントは試運転で確かめられた数字で、通年でおよそ二割という実績もあります。三十パーセント超という見出しは、条件のそろった一時期の、しかも当事者による数字です。ワルトシラの最大二十パーセント、PBCFの四千隻、騒音の五デシベルは、私には裏づけが取れませんでした。動画は全体として事実に沿っていますが、数字は景気のよい側へ寄せて語られている。これが私の見方です。
それでも、画期的という評価は揺らがないと思います。理由は数字の大きさよりも、発想の向きにあります。百五十年間、舵の置き場所を問う人はいませんでした。新しい材料でも新しい計算方法でもなく、「なぜそこにあるのか」と問うことから生まれた。そして舵を、抵抗を生むだけのものから推力を生むものへ変えた。
十月七日に書いた「帆は、なぜ戻ってきたのか」では、百年前に消えた帆が、条件が変わったことで商船に戻ってきた話をしました。ゲートラダーも同じ流れの上にあります。燃料が高くなり、排出に値段がつく時代になって、昔からの「税金」を払い続ける理由がなくなった。古い前提を見直すべき時は、技術が突然進んだときではなく、条件が変わったときに来るのだと思います。
※ この記録は動画の内容を要約し、論文や企業の発表で確認できた事実を添えたものです。文責は三原嘉明にあります。動画の趣旨と異なる点がありましたら、私の読み取りの誤りです。

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