助けは、いつか来るのか――有事の備えについて(三)

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助けは、いつか来るのか――有事の備えについて(三)

      助けは、いつか来るのか
                                    ――有事の備えについて(三)


第一稿:つなぎ続けること(有事の備えについて・一)

第二稿:社長が、ドラム缶を担ぐ(有事の備えについて・二)

講演のあと、質疑応答の時間がありました。

私は手を挙げて、かねて考えていたことを松原先生に伺いました。

一、私が尋ねたこと
お尋ねしたのは、こういうことです。

電力、通信、水道、道路。これらへの攻撃に対して、自衛隊だけの力ではおそらく対応できない。であれば、自衛隊とは別に、民間の、教育を目的とした組織が必要ではないか。

徴兵制とはまったく別のものです。災害のときに一般の人が支え合うように、隣組のような単位で、有事に何をすればよいかを学び合う仕組みです。

これは私が長く考えてきたことでもあり、東京郷友連盟の機関誌に書いてきた論考の柱でもありました。

松原先生は、すぐには答えられませんでした。

代わりに、こう問い返されたのです。

民間防衛というのは、どういった防衛のことをおっしゃっていますか。
二、問い返されて
この問い返しは、鋭いものでした。

私は、自分が何を求めているのかを言葉にし直さなければならなくなりました。しどろもどろになりながら、こう申し上げたと思います。

自衛隊が持っている予備役とは別の、民間の、教育的な観点から言った隣組のような組織。今はボランティアになっているが、それを制度として持てないか。いわゆる継戦能力に関わる部分だ、と。

そこで先生が示されたのが、私の頭にはなかった区別でした。

三、二つの言葉
先生は、二つの言葉を並べられました。
国民保護日本で使われている言葉。南西諸島のシェルター整備や、避難・退避をどうするかも、この一環である。
シビルディフェンス(民間防衛)今ウクライナで行われているもの。主人公は国民である。
そして、こう続けられました。
「国民保護」の主人公は、国民ではないですよね。
私は、この一言で頭を殴られたような気がしました。

国民保護という言葉の主語は、自衛隊であり、政府であり、自治体です。国民は保護される側に置かれている。

そして先生は、こう言われました。あれは「助けはいつか来る」というイメージを持たせる言葉だと思う、と。

四、鉄道が、自分で決めた
この区別を示したうえで、先生は具体的な例を挙げられました。

ウクライナには、もともと退避計画がありました。ところが戦争が始まったとき、ウクライナ政府はその計画を発動させなかったのです。

では、国民はどうやって逃げたのか。

ウクライナ鉄道が自主的に本数を増やして、国民をあちこちへ退避させました。
計画はあった。上はそれを動かさなかった。それでも人々は逃げられた。鉄道会社が、自分で決めたからです。

この一点に、前の二つの稿で書いてきたことが全部つながりました。

奪還した町へ、軍の次に入っていった銀行員と通信技術者。雪の中をドラム缶を担いでいった社長。そして、命令を待たずに列車を増やした鉄道会社。

いずれも、指示を待っていません。

五、主人公は、誰か
先生の答えは、こう続きました。

国民や地元の人たちが有事のときに何をすればよいかを教育し、実際にそうなったときに行動へ移せるよう備えていく。それは国民保護ではなく、シビルディフェンスだと。

そして、そこの発想の転換が必要なのではないか、と。

もちろん国民保護の重要性を否定するわけではない、とも付け加えられました。けれど、万が一それができなかった場合の次の段階も考えておかなければならない。そのときに主体的に動かなければならないのは、地元の民間の人たちです。

事態になってから右往左往して考えるのでは、最初の動きが悪くなりすぎる恐れがある、と。

六、私の提言は、どちらだったか
ここで、自分の提言を振り返らざるを得ませんでした。

私が考えてきたのは、隣組のような単位で有事に備える組織です。これはシビルディフェンスの側にあります。 主人公は国民であり、待つのではなく動くための仕組みです。

そのつもりで書いてきました。

ただ、松原先生に問い返されるまで、私はこの二つを分けて考えていませんでした。

国民保護という言葉に違和感を持ちながら、その違和感がどこから来るのかを言葉にできていなかった。分けて示されて、初めて自分が何を言いたかったのかが分かったのです。

人に自分の考えを話すというのは、こういうことなのだと思います。問い返されて初めて、自分の考えの形が見える。

七、では、何から始めるのか
先生は、実務的な提案もされました。

別の質問への回答でしたが、こういう趣旨のことを言われています。

規制当局が有事とはどういうものかを理解すること。自衛隊・防衛省と規制当局と、業種を超えた重要インフラ企業が、どういう有事の筋書きがあり得るのかを共有すること。

ただし、具体的な筋書きは機微な情報になるので、民間はもちろん他の省庁にも共有が難しいかもしれない。そこで「難しいですね」で終わってしまうと、議論が進まない。

だから、机上演習が重要だと言われました。

必ず起きる筋書きでなくてもよい。民間の人も交えて机の上で演習をし、こういうときにどうすればよいか、お互いにどういう支え合いをすればよいかを議論していく。それが大事だ、と。

そして私の質問への答えの最後を、こう締めくくられました。地形が違うのでウクライナの教訓を全部は生かせないが、その事例も参考にしつつ、日本でも地域レベルで、そうした教育や学び合いの機会があればよいのではないか、と。

結び
三回にわたって、講演から受け取ったことを書いてきました。

まとめておきます。

戦争は軍と軍の戦いだけではない。ごく普通の会社の社員が、危険地域でつなぎ続けている。ウクライナ鉄道一社だけで、千人を超える人が亡くなっている。

そして、現場へ降りる人がいる。社長がドラム缶を担ぐ。軍の次に銀行員が入っていく。そういう人たちが、国を支えている。

最後に、国民保護とシビルディフェンスは違うということ。前者の主人公は国民ではない。後者の主人公は国民である。

私が長く考えてきたのは、後者でした。

ただ、講演を聞いて思ったことがあります。

日本人には、もともとその素地があるのではないでしょうか。

震災のとき、指示を待たずに動いた人がどれほどいたか。消防団も、自警団も、町内会も、もともとそういう仕組みです。誰かが命令するから動くのではなく、自分の町だから動く。

その素地の上に、学び合いの場を制度として置く。私が考えてきたのは、そういうものでした。

制度の中身については、稿を改めて書きます。国民強靱化基礎役務制度という名で、私がまとめてきたものです。

助けは、いつか来るのかもしれません。

けれど、来るまでの間に何をするかは、私たち自身が決めることです。


※本稿は、令和八年九月五日に一般社団法人東京郷友連盟が開催した松原実穂子先生の講演、およびその質疑応答の内容に基づいています。質問者は制作者本人です。松原先生のご発言は趣旨をまとめたものであり、逐語ではありません。第六節および結びの見方は制作者個人のものです。

この記事の原本(更新はこちらが先です)

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