大谷翔平選手の休養をめぐって(続)

なお本稿は、大谷選手がまだ実戦の打席に戻っていない時点で書いています。
現場が出した答えは、四日間でした。負傷者リスト入りはせず、日本時間八日のレッズ戦から打者として戻る見通しだと報じられています。
それを受けて、私の見立ては外れた、と書くこともできます。しかし、そう書くのは早いと思うのです。
六日のナショナルズ戦の前、ロバーツ監督はこう語りました。症状はすべて落ち着いた。ここまで回復したことを嬉しく思う、と。体調面も、不振に陥っていた心身の面も、両方が落ち着いたという説明でした。
ただし監督は、こうも付け加えています。実際にラインアップへ名前を書くまで百パーセントとは言えない、それでも出場できると思う、と。指揮官自身が確定させていないことを、外から見ている私が確定させるわけにはいきません。
もうひとつ、大きな判断が示されました。今季の投手復帰は、事実上の断念です。監督は「正式に決めたわけではない」と前置きしたうえで、日程と、この一週間でどれだけ投げたかを見れば誰でも計算はつくだろう、と述べました。一イニングだけ登板させる案についても、可能性は低いと明言しています。
前回、私は「十日間を使うべきだ」と書きました。この十日という数字に、医学的な根拠はありませんでした。 負傷者リストの最短期間が十日であることから逆算しただけで、大谷選手の体を診た誰かがそう言ったわけではありません。数字を出せば話は具体的になりますが、具体的であることと、正しいことは別です。
ですから、日数を断定した点については、書きすぎだったと認めます。
監督が語ったのは前者です。左膝の炎症も、上腕二頭筋の違和感も、四日で組織が元通りになるという性質のものではありません。痛みの信号が引いただけで、負荷をかければまた出てくる余地は残っています。
そして、六月頃から左膝と右腕に不安を抱えていたこと、七月三日を最後に登板が途絶えていること、八月十八日の三十号以降、六十打席にわたって本塁打が出ていなかったこと。これらは四日では説明のつかない長さです。四日で引いた症状の下に、もっと長い時間をかけて積み上がったものがあるのではないか。私にはそう見えます。
大谷選手は八月二十八日にブルペンで二十四球を投げたのを最後に、投球そのものを止めています。三十日に予定されていた復帰登板も見送られました。つまり九月三日から始まった四日間は、すでに投球を止めた状態の上に積まれたものでした。
ロバーツ監督の言葉が、そこを言い当てています。投げないことはプラスになっている。この四日間もプラスになった、と。二つを並べて語っているところが要点だと思います。
だとすれば、次の問いが立ちます。投球を外し続けている限りにおいて回復しているのだとすれば、その状態は、打者としての負荷が毎日戻ってきたときにも保てるのか。
打者として毎日四打席、五打席立てば、左膝には着地と回転の負荷がかかり続けます。投球という別種の負荷は外れましたが、打撃の負荷は復帰した瞬間から毎日戻ってきます。四日間で引いた症状が、そこで再び顔を出さないという保証は、どこにもありません。
残り試合は二十。地区優勝までのマジックは九。順位表の余裕は大きく、休ませようと思えばまだ休ませられます。しかし一方で、ポストシーズンまでの実戦感覚を考えれば、あまり長く空けると今度は打席勘のほうが心配になる。休養と実戦のどちらを優先するかは、天秤の問題です。
それに、監督は復帰を急がせてはいません。三日に完全に休ませ、四日は体を動かすにとどめ、五日に打撃練習へ進めた。段階を踏んでいます。四打席連続三振の翌日から強行させたのとは、まるで違います。そこは評価すべきだと思います。
ですから私の懸念は、「復帰させるな」ではありません。復帰したあとの見方を、成績に置かないでほしいということです。三十一号が出たから戻った、と読むのは危うい。打った翌日に体がどうか、一週間後にどうか。見るべきはそちらです。
大谷選手の体調について語る動画の書き起こしを読み、その内容を記事にしようとしたのです。特定のトレーナーの指導のもとで、こういう練習をした、という具体的な描写がありました。
調べてみると、そこに名前の挙がっていた方は実在し、ドジャースに関わってもおられました。しかし、大谷選手を見ているという報道は見当たりませんでした。そして書き起こしをよく読むと、練習の描写のところに「行ったとします」という一語が紛れていました。仮定の話だと、書き手自身が明かしていたのです。
もし気づかずに書いていれば、私が誤りの発信元になっていました。ネットの言葉は、断定の形をしていても、根拠を確かめると空白のことがあります。前回の記事の末尾に「報道された範囲を超える推測は行っていません」と書いたのは、私自身への戒めでもありました。
戻ってきたとして、私が見たいのは三十一号ではありません。速球を慌てずに見られているか。体が早く開いていないか。打った球が自然に上がっているか。そういう地味なところだと思います。四試合休んだぶんを一日で取り返す必要は、まったくありません。
もし復帰が先送りになったとしても、それはそれで構わないと思っています。前回、休むことを弱さと受け取らない空気をつくりたいと書きました。同じことが、復帰を一日延ばす判断にも当てはまります。予定より遅れたと騒ぐ理由は、どこにもありません。
そして、もう一段先の話があります。今回のことは、痛みが出てから休ませるのでは遅い、ということを示しました。休みを本人の申し出に任せるのではなく、あらかじめ予定表に書き込んでおく。そういう組み立てが要るのではないか。休むことを本人が決めなくてよい仕組みを作ることが、結局はいちばん長く戦わせる道になる。
十月に、あの本来のスイングを見せていただきたい。願いは、前回と同じです。そして願わくは、九月にもう一度、思い切って休む日があってほしい。それが遠回りに見えて、いちばん近い道だと思うのです。


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