◎ 人は「真実であって欲しい」と願うことを信じる ◎
チャールズ・ダーウィンは一人の科学者として実に誠実味にあふれる人であった。その人柄はダーウィンの著書である『種の起源』の書き方そのものからも感じることができるが、ダーウィンについて残された多くの「逸話」によっても知ることができる。
ところで、ダーウィンの「進化論」は「ヒトはサルから進化してできたのであって、神に似せて作られたものではない」という事実を指摘したものである。「進化論」自体は科学の一学説であるが、人の価値観に直接関係することだったからその社会的な衝撃は大きかった。
だから、今日では多くの人に受け入れられているこの「進化論」も発表された時は、激しい非難がダーウィンに浴びせられた。歴史的に見てもこのような大きな発見で、人間の思想の変化を強いるものがスムースに世の中に受け入れられるはずもない。ガリレオは地動説を出して、社会からも宗教界からも反撃を受け、投獄されるときに「それでも地球は回っている」と眩いたという。いつの世でも先駆者は辛い。
ところで、「進化論」の時には、ダーウィンは一人ではなかった。反ダーウィン派に対して、ダーウィン派もでてきて、激しい論争が始まった。しかしダーウィンは学究派の人で論争や公の場所での渡説などは苦手だったから、ダーウィンの友人で自ら、「ダーウィンの番犬」と名乗ったトマス・ヘンリー・ハックスリーが奮闘し、反ダーウィン派のキリスト教の牧師と激しく争う。
その論争の中には歴史的に有名な、1860年6月30日のオックスフォード博物館で行われた「オックスフォード論争」がある。反ダーウィン派にはイギリス国教会のサミュエル・ウィルバーフォース主教が代表格で、ダーウィン側はハックスリーである。
もちろん、反ダーウィン派の人たちは、ダーウィンが苦労したこと―– 世界中を回って動物を観察すること―–などはしていない。狭いイングランドの周辺から自分の都合のよいように判断しているだけだ。知識に乏しく利害関係を重視する人たちと、事実を重んじる科学者との議論はたとえ話し合いの場がもてたとしても真実に近づくことはない。むしろ、だんだん感情的になり真実から遠ざかっていく。
『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R080906

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