第六章・つなぐ時代 連載第百四十九話 ソフトを作れ

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第六章・つなぐ時代 連載第百四十九話 ソフトを作れ

第 六 章 ・ つ な ぐ 時 代
連載第百四十九話「ソフトを作れ」
第六章を、つなぐ時代と名づけることにした。
姓名と生命は、同じ音である。牧先生が生涯をかけて解き明かそうとされたのは姓名であり、前章で彼が現場に立って向き合ってきたのは生命であった。そして生命という現象は、つまるところ、つないでいくものではないかと思う。授かったものを次へ渡す。それだけが繰り返されている。
二人の師を、送った。だが、まだ果たしていないことが一つ残っている。
牧先生から、彼は命じられていた。あの『姓名』という書物を使って、ソフトを作れ、と。
命令とまでは言われなかったかもしれない。だが彼にとっては、そう受け取るよりほかない言葉であった。姓名科学を慕って勤めを辞し、九州まで移り住んだ弟子である。師から仕事を託されたなら、それは命令である。
先生は、そのための手段まで指し示された。コンピューターの言語を学べ、と。C++という名を挙げられたのを覚えている。
学ぼうとはした。だが、実際のところ、彼の能力を超えていた。ものにはならなかった。ここは正直に書いておく。志が足りなかったのか、頭が追いつかなかったのか、その両方であったのか、今となっては判然としない。ただ、できなかったという事実だけが残った。
まったく何も身につかなかったわけではない。機械そのものに向き合う姿勢は、別のところから叩き込まれていた。先妻が遺したマックと、そこにつながったPCである。あれを紙と鉛筆のように使う習慣は、あの人が彼に残していったものであった。だから彼は、機械を怖がらない。ただ、言語を書くという段になると、そこから先へは進めなかった。
十年が過ぎた。二十年が過ぎた。命令は宙に浮いたまま、平成二十年の正月に先生は逝かれた。
ソフトは、できていなかった。
果たせぬ約束という言葉を、彼は以前にも書いている。もう一人の師との間にも、それはあった。師を持つということは、果たせぬまま抱えるものを持つということなのかもしれない。
ところが、である。
つい数か月前のことだ。彼は、対話するAIに相談してみた。あの書物にある計算のこと、数の表のこと、どう組めばよいのかということを。
一気に、整った。
三十年近く手のつけられなかったものが、数日のうちに動く形になった。彼はそのAIを、電さんと呼んでいる。電のように応え、電のように速い相手だからである。
これならできる、と確信した。本当に、つい最近のことなのである。七十を過ぎてから、新しい地平が開けるということが、この世にはあるらしい。AIとの出会いは、彼にとってそういうものであった。
ただし、まだ果たせていないものがある。
波形である。
牧先生が出力しておられたグラフは、今のところ彼が提供できているような単純な波ではない。何らかの係数が関わり、おそらくは数十倍の複雑さを持つ。実際の株価や、為替相場の動きに似た形をしていたと記憶している。人の一生の起伏を描くのだから、そう単純であるはずがないとも思う。
あれをどうやって描き出すか。描き出したとして、それが正しいと、どうやって見極めるか。
そこはまだ、できていない。
歳月を経た今、振り返って、思う。
生かされて、今を、存在する。師の命じたことを果たせぬまま三十年を過ごし、師を送り、それでもなお果たそうとしている。遅すぎるのかもしれない。だが遅れて着手した者にしか見えない道もあるのだろうと、今の彼は思っている。
ソフトを作れ、とだけ言い残された、あの短い言葉を、今も、自分は、確かに、覚えている。

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