第五章・いのちの時代 連載第百十六話 光と影

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第五章・いのちの時代 連載第百十六話 光と影

至誠の覚醒
第 五 章 ・ い の ち の 時 代
連載第百十六話
光と影

介護の、現場で、痰の、吸引機を、手にしたとき。彼は、はっと、した。

これを——知っている。

日産自動車での、最後の、仕事を、彼は、思い出した。高規格救急車。そして、福祉車両。それらの、開発に、彼は、携わった。車両の、内部に、設置する、機材。吸引機。酸素マスク。血圧計。一つひとつを、選び、収めた。

その、同じ機材が——今、目の前に、あった。

あのとき、救急車や、福祉車両に、積んだ、装置と、同じものが、この、特養の、現場で、使われている。彼が、メーカーの、人間として、世に、送り出した、その道具を、今、彼は、介護職員として、自らの手で、使っている。送り出す側から、使う側へ。作る側から、いのちに、寄り添う側へ。

人生とは、つながっている。

彼は、しみじみと、そう、思った。日産で、車両に、機材を、収めた、あの仕事。それが、何十年もの、時を、越えて、彼自身の、手の中に、戻ってきた。あのとき、蒔いた、種が、思いもよらぬ、場所で、芽を、出していた。点と、点が、一本の、線で、つながる。人生は、いつも、後から、その線を、見せてくれる。

そして——この、特養という、場所も。両面から、見れば、いろいろなものが、見えてきた。

そこには、光が、あった。前に、書いた、お茶や、器や、食への、こだわり。遠い国から、来た、仲間たちの、明るさ。利用者の、尊厳を、守ろうとする、温かさ。それは、確かに、あった。

けれど——影も、また、あった。

人が、お金で、どう、変わるか。彼は、それを、ここでも、見た。聞くところでは、制度の、隙間を、ついて、実態を、ごまかし、給付を、得ようとする人も、いた、という。本当かどうか、彼には、確かめようが、ない。ただ、人は、追い詰められれば、あるいは、欲が、出れば、そういうことも、するのだろう、と、思った。

職員の中にも、いろいろな、人が、いた。立派な、ことを、口では、言う。人を、扇動するような、調子の、いいことを、並べる。けれど、中身が、ない。そういう、薄っぺらな、人間は、たいてい、数か月も、持たずに、現場を、去っていった。いのちの、現場は、口先では、務まらない。汗と、覚悟だけが、残る場所だった。

四十年後の今、振り返って、思う。

光と、影。それは——この、特養に、限った、ことではない。物事の、すべてに、当てはまる。どんな、立派な、組織にも、影は、ある。どんな、暗い、ところにも、光は、差す。大切なのは、その、両面を、見ることだ。光だけを、見れば、現実を、見誤る。影だけを、見れば、希望を、失う。両の目で、光と影を、同時に、見つめること。それが、ものごとを、正しく、知る、ということだった。

日産の、機材が、現場で、生きていた、あの符合も。施設の、光と、影も。すべては、長い目で、両面から、見ればこそ、見えてくる。彼は、いのちの、現場で、世界を、複眼で、見ることを、学んでいた。

生かされて、今を、存在する。

かつて自分が日産で車両に収めた機材が介護現場で生きていた、あの人生のつながりと、どんな場所にも光と影があり、その両面を見ることが大切だと知った、あの学びを、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。

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