第四章・覚醒の時代 連載第九十六話 福岡の暮らし

退路を、断って、来た土地だった。
けれど——福岡での暮らしは、彼が、思っていたよりも、ずっと、幸せで、変化に、富んだものに、なった。
西新の、商店街。野菜売りの、威勢のいい、声。籠に山と積まれた、土のついた、野菜たち。値切る客と、笑い飛ばす店主。その、やりとりの、活気が、彼は、好きだった。
近くには、温泉が、あった。一日の、疲れを、湯に、沈める。湯気の向こうに、見ず知らずの、土地の人の、背中が、並んでいた。
玄界灘の、魚は、豊かだった。東京では、お目にかかれない、新鮮な、魚が、台所に、並んだ。筑紫平野の、米は、甘かった。炊きたての、その一膳が、何より、ごちそうだった。
福岡という街は、ちょうど、よい大きさだった。
大きすぎず、小さすぎず。都会の、便利さと、土地の、温もりが、ほどよく、混じっていた。歩けば、海があり、振り返れば、山があった。住みよい、町だった。彼は、そう、思っていた。
退路を断ち、家族を巻き込み、師に一喝されて、来た土地。けれど、その土地は、彼らを、思いのほか、優しく、迎えてくれた。
妻も、子も、新しい暮らしの中に、いた。あの、雲の上の沈黙から、地に足のついた、日々へ。慣れない土地で、それでも、家族は、一つ屋根の下で、米を炊き、魚を食べ、温泉に、つかった。
幸せ、という言葉が、大げさなら——穏やかな、日々だった、と、言ってもいい。
四十年後の今、振り返って、思う。
あの決断は、無謀だった。常識では、ありえなかった。けれど、その先に、待っていたのは、不幸では、なかった。西新の声。温泉の湯気。玄界灘の魚。筑紫の米。福岡という、ちょうどよい大きさの街での、変化に富んだ、暮らし。退路を断った者にだけ、見える景色が、確かに、あった。
生かされて、今を、存在する。
西新の野菜売りの声と、玄界灘の魚と、筑紫平野の米と、家族で囲んだ、あの福岡の食卓を、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。
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