第四章・覚醒の時代 連載第八十五話 四十九日の夢

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第四章・覚醒の時代 連載第八十五話 四十九日の夢

至誠の覚醒
第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
連載第八十五話
四十九日の夢

出棺の日から、四十九日までの間のことを、若い夫は、もう、ほとんど、覚えていない。

多摩境の火葬場でのことも、覚えていない。火葬場から、家に戻った後の日々のことも、霞の中のように、茫洋としている。四歳の息子と、二人で、どんなふうに、過ごしていたのか。何を食べ、何を話し、どうやって、夜を迎えていたのか。それも、もう、わからない。

ただ、四十九日の夜の、夢のことだけは、はっきりと、覚えている。

夢の中で、妻が、橋を、渡っていた。

橋の向こうに、街並みが、広がっていた。日本ではない、と感じた。ヨーロッパのどこかの町のような、街並みだった。妻は、その街並みの方へ、橋を渡って、向こう側へ、行った。

そこで、夢は、終わった。

翌朝、新聞を、開いた。

記事が、あった。人類の、何十億人目かの命が、誕生した、という記事だった。場所は、オーストラリアだったように思う。日本の企業の、駐在員の、子供として、生まれた、と書かれていた。

若い夫は、その記事を、読みながら、思った。

妻が、転生した。

そう、直感した。

昨夜の夢の、橋を渡る妻の姿と、新聞の中の、地球の裏側で生まれた一人の命とが、若い夫の中で、ひとつに、繋がった。理屈ではなかった。説明できる根拠も、なかった。ただ、そう、直感した。それだけだった。

新聞を、畳んだ。

家の中は、いつも通りの、朝だった。四歳の息子が、いつも通りに、起きてきた。若い夫は、息子に、朝ご飯を、用意した。それだけのことを、いつも通りに、した。

けれども、若い夫の中の、何かは、その朝、確かに、変わっていた。

四十九日の前と、四十九日の後で、世界が、違って見えた。妻は、もう、ここにはいない。けれども、どこか別の場所で、新しい命として、もう一度、始まっている。そういう感触が、その朝、若い夫の中に、確かに、降りていた。

その記事は、今でも、探せば、見つかるかもしれない。日付は、四十九日の翌日だから、計算すれば、わかる。新聞社の、過去の記事の中に、その一行が、まだ、残っているかもしれない。

けれども、探したことは、ない。

あの夢と、あの記事と、あの直感は、若い夫の中で、ひとつのこととして、完結している。証拠を、後から、探し直す必要は、なかった。あの朝の直感が、すべてだった。

四十年が経って、振り返って、思う。

あの夜、妻は、橋を渡った。そして、地球の裏側で、新しい命として、生まれた。それが、本当のことだったのか、若い夫の中の、深いところが、見せた夢だったのか、今となっては、もう、わからない。けれども、若い夫は、その朝、確かに、何かを、手にした。

妻は、消えていない。しかし、どこかで別の命を生きている。

あの病室の窓の桜のように、形を変えて、どこかに、ある。あの庭の白い猫のように、どこかから、姿を現すかもしれない。あの新聞の記事の中の、地球の裏側の街並みの中に、もう一度、生きているかもしれない。

それで、十分だった。

生かされて、今を、存在する。

あの四十九日の夜の、橋を渡る妻の夢と、翌朝の新聞の記事を、四十年経った今、自分は、確かに、覚えている。

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