● 令和七年の暮れに――「お役御免」を遠くに眺めて
カレンダーが最後の一枚になり、ようやく万年赤字会社の決算と納税を終えた。 もともと私は、器用にいくつもの物事を同時並行で処理できるタイプではない。一つの大きな仕事にケリがつかなければ、次の扉を開けることができない。そんな不器用な脳の持ち主であることを自覚しながら、なんとかここまで辿り着いた。

この会社は、今は亡き恩師との約束を果たすために作ったものだ。今となっては形骸化し、毎年のように赤字が積み重なっていく。それでも続けてきたのは、目に見える数字以上の「重み」がそこにあったからだろう。 それに何より、複雑な数字と格闘する決算作業は、今の私にとって「ボケ防止」に絶大な効果がある。お世辞にも効率的とは言えないが、この脳への刺激こそが、私の生命線を支えているのかもしれない。

そんな折、昨年末にはまた一人、尊敬する先生が逝去された。私を厳しく指導し、導いてくれた存在が次々とこの世を去っていく。その喪失感は、言葉にできるほど軽いものではない。 先日、その先生のご子息へすべての遺産を継承するお手伝いを無事に終えることができた。「これでお役御免」と天を仰ぎたいところだが、人生という問屋はなかなか卸してくれないようだ。七十路を過ぎてもなお、目の前にはやるべきことが山のように積まれている。

● 奇跡に生かされた秋
心身の疲労とストレスが極限に達していたのかもしれない。 この十月末、雨の日にバイクで転倒し、肋骨にひびを入れた。さらにその直後、八ヶ岳の山荘からの帰り道、大切な仲間を乗せていながら居眠り運転をしてしまった。 あわや大惨事という場面だったが、結果は車の左前輪が大破したのみ。同乗者も私も、かすり傷ひとつ負わなかった。 「幼稚な知能の自分が、よくぞここまでやってこれたものだ」と自嘲することもあるが、あの瞬間だけは、目に見えない大きな力に守られたとしか思えない。まだ死ぬわけにはいかない、何か理由があるのだろう。

● 未来へつなぐ、最後のご奉仕
年末には、昨年亡くなった先生の遺産である研究所で、事務方として「餅つき」の仕事が待っている。これもまた、私が守るべき大切なバトンの一つだ。これを無事に終えることが、今年を乗り切るための最後の儀式になる。

そして、来年への想い。 私は本来、子供が大好きだ。彼らの未来が少しでも明るくなるような仕事をしたい。その一心で始めた「自習室」を、なんとか軌道に乗せること。それが、今の私に課せられた来年の大きな宿題である。

令和七年。 あまりに多くの出来事と、濃密な思い出が詰まった一年だったが、それもあと数日で幕を閉じる。 日本という国は不思議なもので、新年を迎えると、去年の苦労がまるで水に流されるように淡い思い出の中に包めてしまう。

その前に、あと一つ。年賀状という強敵が残っている。 これをさっさと「やっつけて」、新しい年を迎えたいと思う。