第一章 部分的には正しく全体では間違っているエコロジー
●生きている実感を失わせた「冷凍食品」
わたしたちは、生活を良くすること、人生をより豊かにすることに一所懸命でした。そして、様々なものを発明し、生産し、そして現代の日本を作り上げてきました。
どんなことでもそうですが、ものを作り上げていくときには、そのことに夢中で全体を見渡す余裕はありません。そして、できあがったあと、ふとそれを見ると、最初に思っていたものとは違うのにビックリするという経験をするものです。
この章では、四つのエピソードをからめながら、わたしたちが目標としてきた社会、今、わたしたちが住んでいる日本社会、そして環境について見直してみたいと思います。
人間が生命を保つためには、三度の食事を別にして考えることはできません。だから、環境の基礎はなんといっても食料です。この節では食べもののなかでも最近、急激に増えてきた冷凍食品を題材に取り上げて「環境」を考えるスタート・ラインにつきたいと思います。
冷凍食品の代表格といえば、多くの人は「ハンバーグ」や「コロッケ」などを思い浮かべます。
たしかに、現代の冷凍食品はそういうものが多いのですが、最初の冷凍食品はおかずではありませんでした。
もともと、冷凍食品が普及するには、冷蔵庫の登場が必要で、それは二〇世紀の初めでした。
最初の冷凍食品は「イチゴ」。アメリカのコロラド州でジャム用にイチゴが冷凍されたのが、その始まりで、日本に冷凍イチゴが上陸したのは、一九三〇年。不漁で魚が捕れず、空いていた冷凍設備を有効に活用するために考え出されたものでした。当時の技術者が苦心惨愴して作り上げた商品は「イチゴ・シャーベー」です。
ブリキ缶入りで価格は三〇銭。大阪・梅田の阪急百貨店地下のアイスクリーム売り場で売りだされたイチゴ・シャーベーはたちまち人気を呼んで、家庭用冷凍食品の第一号市販品の栄誉を得たのです。
それから約七〇年の時を経た現在では、冷凍食品の種類も増え、品質も良くなり、果物、野菜、魚介などの素材から、加熱するだけの調理食品は和風、西洋料理、中国料理、エスニック風のものまで、数えきれないほどの食品がでまわっています。量は、おおよそ一七〇万トン。
冷凍食品はいつでも冷たいものを楽しんだり、忙しいときにすぐ食事ができたり便利なものですが、実は、わたしたちから大事なものをそっと盗むことも上手な食品でもあります。
何をわたしたちから盗んでいるのでしょうか?
『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊)
20231009