第二話 大新聞の「事実」は空気で変わる
国会議員を見ていますと、最近は、政党を渡り歩くのが当たり前のようです。しかも、主義主張が異なる政党に平気で移る。首尾一貰なんて言葉が、忘れられているかのようです。
危惧するのは、こうした行動が、「勝ち馬に乗る」という理由から生じていることです。「勝てば官軍」というのがはっきりしているのです。
かつては、「弱きを助け、強きをくじく」という弱者側のポジションに立つことがカッコイイと思われた時代もありました。源頼朝にいじめられた源義経を応援するという、「判官贔展」がまさにそうですね。
イジメ問題もそうですが、勝ち馬に乗って相手を徹底的にやっつけるという、そういう傾向が強くなっています。それが、社会全体の「空気」を作ってしまうんですね。主義主張や信念ではなく、「どっちが勝つか」で、自身の行動を選んでしまう。
もちろん、これはいまに始まった話ではなく、昔からありました。
戦前の例を出しましょう。野球が日本に入ってきたのは、明治5年、1872年のことです。
学生野球を中心として普及し、早くも30年後には、早稲田大学と慶應義塾大学の対抗戦(早慶戦)がスタートしました。
これに噛みついたのが、東京朝日新聞です。いまの朝日新聞の前身に当たる新聞社です。
1911年8月29日から9月19日までほぼ1か月。 22回にわたって、「野球と其(その)害毒」という記事を出します。著名人による野球批判、全国の中学校の校長への大規模なアンケート調査と大々的に野球を叩きます。一大アンチキャンペーンを張ったわけですね。
中身は一本調子です。例えば、「相手を常にペテンに掛けようとする」(新渡戸稲造)ようなスポーツは、青年を害するだけだ!と、こうやるわけですね。これはアメリカの間違った精神である、と。日本には立派な武士道があるじゃないか。なぜ、アメリカの害悪を日本に持ち込むのだ、とこんな調子です。
これも実は、朝日新聞が言い出したことではありません。1906年には、学生野球があまりにも加熱しすぎ、応援合戦がひどすぎるということで、早慶戦は中止に追い込まれていました。「野球は害悪である」という「空気」がすでにできていたのですね。新聞は「空気をさらに固める」という役割を演じたのです。実際、学生野球が復活するのは1914年まで待たねばなりませんでした。この年に、明治大学を加えて3校リーグとして再出発するのです。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より