「野球は教育のためにある」キャンペーン
ところが朝日新聞は、手のひら返しをするのです。
早くも1915年には、系列の大阪朝日新聞社主催で「全国中等学校優勝野球大会」を開催します。現在に続く、夏の甲子園大会の起源です。
ちょっと前まで、「野球は害悪である」と一大キャンペーンを張っていた新聞社が、ガラ ッと態度を変えて高校生の大会を開催するんですから、開いた口もふさがりません。
ご存じの通り、戦後になりますと、朝日新聞は、「高校野球は青少年教育に非常に役に立つ」と声を大きくして言い始めます。「野球は教育のためにある」というキャンペーンを今度は行なうわけですね。
よく考えれば、スポーツと教育がイコールなわけはないのですが、朝日新聞のこのキャンペーンによって、あたかもそうであるような「空気」が生まれました。で、どうなったか。不祥事があると、罪人集団であるかのように国民全員で叩き、出場辞退に追い込むようなことになりました。一部の部員の不祥事なのに、全体責任を強制的に取らせてしまうのです。また、そうでもしなければ、許してもらえないというような空気にもなっています。これは「正しい」ことでしょうか?
誰が得したかは、明確です。この高校野球キャンペーンで、朝日新聞は部数を伸ばしたのですから。同じように、明治時代の「野球は害悪」キャンペーンもまた、部数増のための戦略のひとつだったのでしょう。
あるものを絶賛したり、またあるものをこき下ろしたりする。これはすべて「空気」を作る、ということです。現に、朝日新聞は他の新聞の例に漏れず、戦時中は、戦争を煽りに煽りました。ただひたすら、戦争を賛美しました。
ところが一転して、戦後は、「戦争反対!」と、まるであたかもずっと前から反対してきたかのような論調を張っています。手のひらの返し方は高校野球と、まったく同じです。
こうしたことについて、朝日新聞が公式な謝罪をしたとか、見解を示したとか、そんな話は聞こえてきません。時代背景があるとはいえ、これでいいですかね? そろそろ、マスコミ自体が、過去の自分たちの言動を検証し、自分たちが空気を作ってきた事実を認識すべきだと思うのですが、どうでしょうか。
日本の大新聞が事実を報じなくなったのは、1930年代の軍国主義が伸びるときだったと言われています。それは憲兵が記事をチェックし始めたからという のではなく、事実を報じない新聞のほうが販売部数を増やしたということがあったからです。
象徴的な報道は、1933年の国際連盟脱退でした。
日本は1932年に満州国を建国するのですが、国際社会から大批判を浴びます。満州国を不承認とする「リットン報告書」は日本の反対票1票のみで、可決されたのです。全権大使の松岡洋右は「もはや日本政府は連盟と協力する努力の限界に達した」と表明し、席を蹴って出ました。国際連盟脱退という暴挙に打って出たのです。
このとき、朝日新聞は、一面でこう報じました。

〈 連盟よさらば! 遂に 協力の方途尽く 〉

〈 総会 、勧告書を採択し 、我が代表堂々退場す 〉

松岡洋右は、戦犯ではなく、ヒーローという扱いでした。
このあと、日本は泥沼の戦争へと突き進んでいくわけですが、この身勝手な国際連盟脱退は当然、国際社会から非難されます。その国際情勢をそのまま報じた毎日新聞の部数は伸ぴず、国際的雰囲気を伝えずに、「日本は素晴らしいことをした」と、事実と違う報道をした朝日新聞と読売新聞の部数が伸びたのです。この結果、新聞は「事実でなくてもよい。販売部数を伸ばすのは世間の空気を作ることだ」ということになり、その後の新聞業界は、その方向で走り出します。
2011年の原発事故でも、「空気偏重報道」は見受けられました。
例えば、それまで被曝に ついて極端に厳しい報道をしていた朝日新聞は、「被曝など大したことはない」というキャンペーンを打ちます。原子力施設の長だった私は、それまで、朝日新聞から理不尽と思われるような攻撃をたびたび受けていましたが、それがこの手のひら返しです。かつての非難を思い出しながらいまの報道を見ると、「朝日新聞って何?」と思わず叫びたくなります。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より