ビジネス社会ですと、男女間の対立だけでなく、むしろ、老若対立のほうが激しくなります。
20代の若手と上司なんて、揉めることのほうが多いのではないでしょうか。
なぜ揉めるのかと言うと、答えは簡単です。どちらも自分が「正しい」と固く信じているからです。若手社員の悩みの大半は、「上司と意見が違う」ということなのです。
なぜ違うのでしょうか。
それは「上司と自分が違う人間だから」です。育ってきた環境や時代、性格や個性、年齢も違います。価値観が同じになるわけがない 。しかも、会社の中の立場が違いますから、入ってくる情報の中身も異なります。人は、入ってくる情報で判断しますからね。意見が違うのは当たり前のことなのですが、これを理解することは実は難しいのです。
ややこしいのは、違うだけじゃなく、意地の悪い人がいることです。上司も人間ですから、素晴らしい人間ばかりじゃない。相性の悪い人もいます。
会社の中での「正しさ」を巡るバトル、さてどうしたらいいのでしょうか。
私は会社勤めの時代に、ウラン濃縮研究所の所長を務めていたことがあります。43歳のときに就任しました。私はこのとき、「役割」ということを強く意識していました。
所長とはいっても、トップではありませんから、社長や役員など、ボスはたくさんいます。この中の一人の役員と非常に相性が悪かったのです。とにかく口を出してくる。意見が違うのですね。だから仕方ないと言えば仕方ない。私は強い口調で言いました。
「これは研究所長が決めることだと思うので、もしもそれを言われるのだったら、私を代えてから言ってください」
ただし‥‥と続けました。「経営上のことだったら、従います」と。経営のことならば、従業員ですから、どんなに不満があっても従わなければなりません。嫌ならば辞めるしかないのですから。しかし、この方が言ってくることは、所長の業務に相当することでした 。研究開発の内容やその方法について、口を挟んでくるのです。研究内容に関することはすべて、研究所の所長の決裁事項なのですから、いくら上司といえども、譲れません。
何を言われても、「参考にはしますが、その方法は用いません」と返していましたから、向こうはカーツと来ていたでしょうね。もし研究が駄目になった場合、責任を取るのは、所長である私です。それが、私の「役割」です。この役貝が責任を取ってくれるわけではないのです。
だから役員の言うことを「はい、そうですか」と聞いているわけにはいかなかったのです。アドバイスにはありがた< 耳を傾けましたけどね、採用する、しないは、私の問題だ、とこう主張したわけです。
皆さんに、「嫌な上司とは、こう戦え!」と言っているわけではありませんよ。「上司と意見が異なることは当たり前だ」と思ってください、ということです。せっかく苦労して会社に入っても、上司と意見が違うからといって辞めてしまう人がかなりの数いますが、それは、「正しさ」の勘違いによるものなのです。いわば、上司と意見が違うのが会社組織である、と、こういうことなのですね。極論を言えば、上司と部下が存在するのは、意見が違うからなのです。
一人ひとりの「正しさ」は異なりますから、意見は当然、異なります。結果的に上司が間違っていることもあれば、部下が間違っていることもあります。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より