では、アメリカは、どんな国なのでしょう?
物理の法則から見ると、アメリカの面白い姿が浮かんできます。
アメリカはご存じの通り、ヨーロッパからの移民によって打ち立てられた国です。最初は、イギリスから追われてきた人たちが1600年ごろにアメリカ東海岸に上陸するわけです。
当初は、もともとの国であるイギリスとの関係が深かったのですが、そもそもが、イギリスが嫌で飛び出した人たちが作った国ですから、そのうち、本国と揉める。それで、1775年に独立戦争を起こし、結果、独立をします。最初は、13州でした。
ここで、大きな「力」が加わったのです。
「西へ進む」という動きですね。ヨーロッパからアメリカヘ、という「運動」です。
イギリスから離れたい、と思っていた人間たちが中枢にいる国ですから、アメリカ人のメンタリティには、「西へ進む」という意識が強く織り込まれているのではないでしょうか。
実際、アメリカ大統領になるには「WASP」でなければダメだ、と長いこと言われていました。Wはホワイトで、つまり白人。ASはアングロサクソン。アングロサクソンはイギリスを中心に暮らしていた人種ですから、イギリスの流れを汲むということです。Pはプロテスタント。ルターの宗教革命に賛同した清教徒(プロテスタント)たちが、本国イギリスで迫害され渡ってきたという歴史ゆえに、カソリックよりもプロテスタントに重きが置かれたのです。
こう見てみますと、「西へ進む」という考えがDNAにすり込まれた人物を大統領に就任させようとしていたのか、とも勘ぐりたくなります。
本国イギリスから独立したばかりのアメリカ人は、何をしようとしたのでしょうか。そう、西に進んだのです。それがカウボーイであり、西部劇でありました。行く手にはというより、アメリカ大陸にはネイティブ・アメリカンという先住民がいました。彼らは、ヨーロッパ基準で見れば「遅れていた」と言えるかもしれませんが、とても幸せな生活を送っていました。
そこに、西へ、西へ、とアメリカ人がやってきたのです。アメリカ人は、まるでバッファローを撃ち殺すように、ネイティブ・アメリカンたちを排除していきました。ネイティブ・アメリカンたちは、彼らが持ち込んだ馬や銃を手に取り、必死の抵抗をしますが、結局、かないませんでした。土地は奪われ、小さな居留地に押し込められ、いまにいたります。
北アメリカ大陸には、南にはメキシコもあり、南米大陸も広がっています。北にはカナダもあります。でも、アメリカ人は、南にも北にも行きませんでした。なぜなら、西に向かって最初の力が加わったからです。慣性の法則です。
1850年頃には、太平洋岸まで進出します。テキサスには別の国がありましたが、これを蹴散らし、メキシコを押しのけ、フランスとも戦争し、19世紀半ばに太平洋に到達するのです。
西進あるのみ、ですね。
さあ、しかし目の前は太平洋です。もう陸地は見えません。ここでアメリカが止まるか、といったら、決してそうではありませんでした。まず、アラスカをロシアから割譲してもらいます。お金で買ったのです。これで、
北アメリカ大陸の最西端を手に入れました。お次は、太平洋を進んでいってハワイにたどり着きます。
ハワイ王国をだますような形でつぶし、結局手に入れてしまいます。スペインと戦ってフィリピンも取りました。グアム島も取ります。
西へ、西へ、という動きが止まらないのです。幕末に、ペリー提督が黒船でやってきて、日本に開国を迫りますが、これも西進の中での動きでした。
アメリカ人は、ウエスタンにはフロンティアがある、と言って西進したわけですが、このフロンティアを希求する動きは止まりません。西に進み続けるにはどうしたらいいか。目の前にあるのは日本です。そこで、太平洋戦争となりました。歴史を繙(ひもと)くと、アメリカは日本と戦争をしたがっていた、という証拠が散見されますが、結局そういうことなのです。
日本を倒したら次はどこか。朝鮮半島です。太平洋戦争後、朝鮮戦争が起きたのは、決して偶然じゃないということです。そしてお次はベトナムでした。
やっぱり西です。西に進みたいがために、「共産国家になることを許さない」という手前勝手な理屈で、攻め込んだのでした。
泥沼の戦争になりました。大義なき戦争ですから、当然です。
アメリカは結局、初めて負けました。負けたゆえに、アメリカではこの戦争が評価されていないのです。

ここで反省して、西進をやめてくれればよかったのですが、そうはいきません。慣性の法則はまだまだ続いていたのです。これだけ大きな動きになっているのですから、止めるには相当の力が必要なのです。アフガニスタン、イラク……。これらの国に攻め入ったのも、物理学的な目で見れば、慣性の法則なのです。止まらない西進がそうさせてしまったのです。

『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より