ベトナム人僧侶の抗議の自殺

1960年のベトナム戦争(~75年)でも、その正義は発揮されました。
いまから考えれば、とんでもない理由なのですが、アメリカがベトナムに攻め込んだ理由は、「ベトナムが共産主義国家になってしまうから」というものでした。しかもベトナムは、アメリカにとって関係の深い国ではありません。太平洋の向こうのアジアの小国に、「自分たちと違う主義を信じようとしている」という理由だけで攻め込んだのです。独立国家に対して、激しく介入するのですから、お節介以外の何ものでもありませんが、当時はこれがまかり通りました。
ベトナムにしてみたら、とんだ災難です。ようやく、植民地支配していたフランスを追い出したと思ったら、今度は、アメリカが攻めてきたのです。地球の裏側から何度も何度も白人が攻めてくるi この尋常ならざる悲劇に、ベトナム人は何を思ったのでしょうか。
仏教国のベトナムでは、僧侶が身をもって抗議行動を行ないました。自分の体にガソリンをかけ、焼身自殺したのです。身をもって自分たちの「正しさ」を主張したのでした。しかし、焼身自殺は信じられないことに「名物」となってしまい、ついには、見物客が押し寄せるという別の騒ぎにもなりました。僧侶の「正義」が、観衆によって変質してしまったのです。かくも「正しさ」や「正義」とは、不確かなものなのです。
欧米流の正義と対照的なものとして、私はアイヌの生き方を思います。
アイヌ人は、縄文人の特徴をもっとも残す民族と知られていて、世界ではひとつの民族として認知されています。日本は決して、単一民族ではないのです。
アイヌという民族は、平安時代には東北地方一帯に住んでいました。蝦夷と呼ばれていた地域です。しかし、次第にアイヌは北に押しやられ、江戸時代になる頃には、北海道に住むようになっていました。ところが江戸時代になると、幕府は函館にも進出し、そこに松前藩を置きました。倭人の都合で、アイヌ人はどんどん住む地域を狭められていきました。自分の土地が次々と奪われていくのですから、怒り狂って当然です。ところがアイヌ人は、怒り狂いはしませんでした。
アイヌという民族は大変に高貴な民族で、「殺し合う」ということをしてきませんでした。戦争をしたことがないのです。狩猟道具はありますが、殺裁に特化した武器は、一切、持ったことがなかったのです。自分たちの食料がなく、餓死寸前であっても、隣村を襲うということがない。人のものを奪ってまで、生きようとは思わないのですね。
アイヌ人はこれまで、倭人との戦争を3回、行なっています。でもこれは、戦争をしたくてしたわけじゃないのです。向こうが攻めてくるから、仕方なく戦った、とこういうわけです。
アイヌ自らが戦ったという歴史はほとんどないわけですね。平和が「正しい」とするならば、アイヌ人の生き方は、非常に優れていると言えるでしょう。平和な状態を維持するために、アイヌ民族は極めて優れた知識、判断力を持っていたと考えられます。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より

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