この前、あるシカゴ大学の教授のご夫人と食事をする機会があったので、こんな質問をぶつけてみました。
「節電ってご存じですか?」
ご婦人は怪訝(けげん)な顔をして、「知りません」と言う。私が「電灯をこまめに消したり、クーラーの温度を上げたりするのです」と説明すると、さらに驚いた顔になり、「何のためにそんなことをするんですか?」と真顔で聞いてきたのです。いやあ、説明するのに苦労しましたね。
だって、いままで見てきたように、資源はたくさんあるのです。その資源を使えば、電気はいくらでも作れます。実際、世界でいちばん電気を使っているアメリカ人は、日本人の2倍の電気を使用し、しかも節電をまったくしていないのです。
よく電力消費の問題が取りざたされますが、日本は世界のたった約5%に過ぎないのです。
その国が一生懸命節電しても、二国で約40%を占めるアメリカと中国が自由に使っていますから、日本だけが節電したところで、意味のないことなのです。(本書が刊行されて以降、二国の割合は、46%に、日本のそれは、4%に低下しています。電力消費量の低下は、経済活動の低下を意味します。ブログ作者註)

データソース:https://www.fepc.or.jp/enterprise/jigyou/shuyoukoku/index.html
私たちの生活は、電気なしでは成り立ちません。例えば交通。新幹線や電車も電気を使って走っていますし、車だって、製造するときに大量の電気を消費しているのです。食品もそうだし、衣服もそう。家だってそうです。衣食住、すべて電気によって作り出されています。それに、電気はタダではありません。ちゃんとお金を払っている(それも安くない金額を、です)。
衣食住の贅沢を、咎(とが)める人はいませんよね? むしろ、消費社会ですから、お金をたくさん使うほうが、
経済が活性化すると喜ばれます。それなのに、電気という「商品」だけは、「使うな(買うな)」と言う。奇妙なことですね。では、なぜ電気だけ我慢をさせるのでしょうか。
電力会社は言います。「原発が止まっているからだ」と。でも、原発が動いていた頃も電力会社は節電を呼びかけていました。石油も天然ガスも大量にありますし、技術的にも、日本の火力発電は世界一効率が高いのです。「発電所が足りない」と言うならば、新たに 火力発電所を作ればいいだけです。 2、3年もあれば、最新型の火力発電所が完成します。ところが、電力会社はそれをしようとしません。
他の企業だったら、こんな対応はしません。「燃費のいい小型車が欲しい」と消費者が言えば、競って開発しますし、家電製品や食品も、そうやってどんどん進化してきました。私たちが自動車やテレビ、美味しい食材を買いに行って、「節約してください。買わないでください」などと言われたことはありませんよね?
自由な社会には普遍的な原則があります。それは「自分の給料で法律的に許されたものを購入するのに妨げられることはない」ということです。日本国憲法にも日本人が自らの意思で「幸福を追求する」ことは基本的人権として認められていて、「何人もそれを犯すことができない」のですから、ある人が「自動車は必要ないけれど、明るい生活を送りたい」と言えばそれは咎められることではないのです。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より