ここで少し趣が変わりますが、最初に人体に流れる血流の話をしたように、材料の補修という意味で、生物の材料の補修について少し解説を加えます。リサイクルを考えるときには、視野を拡げて見ることが大切であると考えるからです。
生物の寿命は、生物を構成している材料ということを考えると、驚くほど長いのです。人間は八〇年ほど生きますし、もっと長寿の動物はたくさんいます。さらに植物となると数千年も生きている木があると報告されています。プラスチックで作られたバケツが外に置いておくと、一、二年でパリパリになるのに、一年中、太陽の光に晒されている植物が数百年も生き生きとしているのは本当に大したものです。
どういうわけでしょうか?
生物にも材料工学の原理は働きます。生きていけばそれなりに生物を形作っている材料は劣化し、悪くなります。しかし、生物は簡単に死んでしまうわけにもいかないので、全力を尽くして劣化した体の部分を補修しようと試みます。生物の「自己補修機能」がそれです。
生物の自己補修機能には二種類があり、一つは有名な「チミンダイマーの補修」で、これは「分子レベルの補修」です。そして二つ目はある特定の構造の補修で、人間の皮膚の再生や木の皮などがその例です。
まず、分子レベルの補修の例として、チミンダイマーについて示します。
人間やすべての生物は遺伝子を持っていて、その遺伝子はDNAといわれる化合物でできています。DNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という四つの化合物(塩基)を持っていて、その四つの化合物を組み合わせて遺伝情報を子孫に伝えます。DNAは複雑な立体構造をしており、プラスチックと同じような「高分子」構造をしています。外に置いてあったバケツが太陽の光で悪くなるように、DNAも太陽の光に弱く、特に紫外線で被害を受けます。紫外線は太陽からの可視光線より波長が短いのでエネルギーが高く、材料を傷めるのです。夏の海水浴で私たちの皮膚にダメージを与え、ときには皮膚ガンのもとになるのもこの紫外線です。
紫外線を浴びるとDNAの中でチミンが隣り合わせになっている箇所が損傷を受けます。チミン同士がつながって「チミンダイマー」という全く別の化合物を合成するのです。DNAの情報はもともとAGCTという四つの化合物の並び方で情報を伝達します 。たとえばCACATTA(ローマ字読みをするわけではないが、「カカッタ」という意味だとする)とGAGATTA(ガガッタ)とは意味の違う情報になります。ところがチミンダイマーが生成しますと、CACA**A(*のところは読めないので、「カカア」)となりますから、もし損傷がないときの「 カカッタ」という文字の配列が何らかの意味(たとえば「風邪にかかった」という意味)があるとすると、「カカア」は別の意味の情報(たとえば「かかあ」)となってしまうのです。
つまりDNAの一部が損傷するとDNAの情報系はすっかり乱れて、それによってタンパク質を作って日常的な生理作用を行ったり、子孫を作ったりするときにとんでもない間違いが起こります。
現実の補修では、DNAの一部にチミンダイマーができると生物の体に警戒警報が鳴り、その部分を「切り捨てる」作業をする酵素(エンドヌクレクアーゼ)が現場に急行します。そして生成したチミンダイマー部分の近くのジエステル結合を切り取ります。エンドヌクレクアーゼが傷の部分を切り取ると、続いて「DNAポリメラーゼ」という酵素が現れて、切り取られたところをそっくり前の状態に作り直します。実に見事な作業です。これによってDNAは傷害から立ち直り、また正常に働くのです。
生物の第二の自己補修方法として皮膚や木の皮の補修があります。
私たちが風呂に入って体をこすると垢が出ます。この垢は「劣化した皮膚の表面」です。生物は「材料は使えば劣化する」ということを知っており、悪くなった皮膚を捨てて新しい皮膚をつくるのです。そして古くなり悪くなった皮膚を「垢」というものにして捨てる典型的な例です。「使い終わった材料は劣化して使えない。リサイクルもできない」ということを生物は知っていて、使い終わったものは捨てます。
人間の皮膚より定期的に補修しているのが、木の皮の部分です。木は皮の少し内側に「形成層」という層を持っていて、ここで新しい細胞を作ります。形成層で作られた新しい細胞は二つに分かれ一つが木の内部に向かって木を太くし、別の細胞は木の表面に向かって進み、コルク層になります。
人間社会でも中枢部にいて、居心地良く過ごす人もいるかと思えば、風雨が吹きすさぶ前線や現場で人の盾になって犠牲になる人もいます。木の細胞の場合も、同じょうに形成層で誕生しても、中に進めば長く木の中に止まりますが、外に行くとコルク層になり、そしてその翌年には皮になります。
植物は風雨にさらされ、その表面は常に厳しい環境です。そこで木は皮を毎年作り、外側の皮を環境に捨てながら材料の劣化という問題に対処しています。決して、リサイクルはしません。人間は外で使ってパリパリになったバケツをリサイクルしようとしますが、植物の方がその意味では材料工学をよく知っています。
著者の研究室は「リサイクルは成立しない」と考えています。しかし、人類は何とかして資源を有効に使用してこの豊かな生活を守る必要があります。そこで 、研究室では人工的に合成された材料に生物のような代謝機能を導入して、自己的に補修する材料の研究を行っています。まだ研究が緒についたところでとても生物のような見事な作業はできませんが、特定のプラスチックの場合、ある程度の補修ができるようになりました。
この本ではリサイクルに疑問を呈しています。そのためにこれまでリサイクルは環境に良いと思って進めてきた人から「環境はどうでも良いのか!」といわれることがあります。著者は「ものを大切にして資源と地球環境を守らなければならない」と確信しております。そのためには、生物のように自己的に補修できる材料を開発することなどが考えられるでしょう。
みんながリサイクルというからリサイクルの研究をしたり、リサイクルを標榜すれば研究費が獲得できるというような基準で科学者が動かないことを期待したいと思います。
『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より