家電リサイクル法は一度使った家電製品をリサイクルして、そこに使われている材料をもう一度使おうという趣旨のものです。リサイクルといって焼却するのはあまりに不適切な分類なのでここでの整理では焼却の場合はリサイクルに分類しません。本当に、一度家電製品に使った材料は再び使えるのでしょうか?
材料工学には一つの原理があります。それは、
「使ったものは悪くなる」
というものです。たとえば、買ってきたばかりのプラスチックのバケツは柔らかく、それでいて案外強いものです。しかし、そのバケツを一年も縁側に置いておくとパリパリになり、水を入れて持ち上げようとするとバリンと割れてしまいます。太陽の光で劣化するからです。このように材料は使えば劣化しますが、それはプラスチックばかりではありません。鉄の釘も雨に濡れたりするところでは急激に錆びてボロボロになります。また古代の遺跡を見るとわかりますが、石やセメントなども風化して弱くなっていきます。
具体的な例としてテレビに登場してもらいます。テレビの外側にはキャビネットが使われていますが、その材料はボリスチレンにゴムを分散したものです。ボリスチレンだけでキャビネットを作ると強度が弱く、テレビを移動したり、何か上に置いたりすると壊れるのでゴムで補強するわけです。テレビを買ってスイッチを入れますと、テレビはかなり電力を使いますので熱くなります。置く場所によっては多少の振動を受ける場合がありますし、台所や飲食店の天井付近に置いた場合には水蒸気や霧状の油などを少しずつかぶるので、材料の劣化はさらに早まることがあります。
「使う」ということはそういうことです。私たちの使っている家庭電化製品でも家具でも、食器でも神棚や床の間に飾っているわけではありません。さまざまな条件、過酷な環境の中で使われるのが普通です。特に自動車などは家の外で使用します。雨風を受け、排気ガスを浴び、ときには灼熱の舗装道路の上、ときには厳寒の雪の上を走ります。絶え間ざる振動と力学的な力を受けます。材料が劣化しないことはありません。
テレビのキャビネットのゴムも使っているうちに傷んできます。たとえば、五年ほど使ったテレビのキャビネットはもうリサイクルしても使えません。すでに強度は落ちています。そのままの状態でそっと使えば大丈夫です。それをリサイクルに出し、トラックで運搬し、キャビネットをブラウン管と切り離し、洗浄して熱とせん断力をかけて溶かし、再びペレットにすると使いものにならないほど悪くなるからです。
材料は使うと悪くなるのだから、リサイクルを本当にしたければ「使わないでリサイクルに回す」ことになります。新しく買ったものを使わないうちにリサイクルに出すということはあまりに非常識ですが、ある程度使えば材料が劣化してリサイクルの意味がなくなるから、どうしてもリサイクルをしたい場合にはこれしか方法がありません。
すなわち、材料寿命と製品寿命との関係では、多くの工業製品が適切な材料を選択しているので製品の寿命が来るときには材料の寿命もきます。そのために、その製品が一〇年の寿命で作られているときに、一〇年使ってリサイクルに出してもその材料が使えないのは当たり前のことです。
つまり、家電製品をリサイクルするためには、
① 使わないうちにリサイクルに回す、
② それはあまりにも非常識なので、リサイクルをしたいという人は家電製品の寿命がかなり残っているうちに買い換える、
③ メーカーはリサイクルがしたければ材料寿命が一〇年のものを使い 、部分的に五年で壊れるようにする、等の方法があります。
もし、材料寿命一杯に使用したら、もちろんリサイクルしてもその材料は使えません。また、製品設計を合理的にして、材料寿命と製品設計を合わせたらリサイクルして回収された材料は使用できません。もし使用できるとしたら、設計者自らが自己矛盾を来すことになります。
こういう意味では目的の不明な研究があります。その研究は「リサイクルして回収された材料が劣化していないかを簡単に判別する機器を開発する研究」です。この研究の真の意図は不明ですがもし「リサイクルした材料がまだ使える」ということなら、その材料を再使用するのではなく、最初の設計を変えなければなりません。材料寿命の設計が間違っているからです。また「リサイクルした材料が劣化して使えない」ということがわかれば捨てなければなりません。目的がはっきりしない研究ですが、この研究は家電製品のリサイクル法の施行にあわせて行われようとしています。そうではないと思いたいのですが、家電リサイクル法は「材料の寿命のあるうちにできるだけ早く家電製品を捨てることを推奨する」という目的を持っていると疑われてもしかたがありません。
使って悪くなった材料が再生できれば、再び使用することができます。その例が、アルミニウムや鉄です。アルミ缶や屑鉄は回収して、その一部を再生して使用することができます。特に鉄は鉄橋やビル、大型機械、自動車などに集中して使用されていますし、「塊」が多いので表面の酸化も全体の材料の比率からいうと大したことはありません。そこでリサイクルして再び使うのに大変便利なのです。
しかしアルミ缶の場合には別の理由でリサイクルに向きません。それはアルミ缶自体が全国に分散していて集めるのがとても大変なこと、技術が進歩して使用されているアルミの板厚が薄く、表面が酸化して「アルマイト」になった部分が使えないということがあります。それに加えて、アルミ缶のフタの部分はプルトップにするためにマグネシウムの、胴体の部分の合金組成は自立性を持たせるためにマンガンの合金になっているので、フタの部分と胴体の部分を分離することが必要となります。また鉄やシリカは私たちの環境の中にあるので自然と混入してきますし、表面の塗装からチタンが入ってきます。このようにアルミ缶はリサイクルには不向きですが、材料を再生することはできます。
アルミ缶のリサイクルについては「間違った数字」が公表されています。それがリサイクルを進めようとしている社会に混乱を招いています。
アルミ缶をリサイクルすると天然の原料であるポーキサイトから製造する場合に対してエネルギーはわずか三%ですむ、という科学的に間違った数字が公表されています。この数字は次のように表現するべきです。
「アルミ缶を製造して、販売せず、もちろん中に飲料も詰めずに、①アルミ缶を製造した直後に、②同じ工場で作り直せば、三%ちょっとでできる」
それとも、このように表現してもよいでしょう。
「ポーキサイトからアルミ缶を製造するのに対して、アルミ缶用の地金からアルミ缶を作れば三%ですむ」
リサイクルで回収されるアルミ缶はこのどちらでもありません。アルミ缶のフタの部分と胴体の部分を違う材料で作り、ラベルを印刷、飲料を充填し、トラックに載せて全国津々浦々に運びます。そして消費者が飲み終わったら、回収し、選別し、洗浄し、フタと胴体を分け、リサイクル材料として使えるようになるのです。
このリサイクルの過程で使われるエネルギーは三%どころか、ボーキサイトから作るエネルギーより大きいのです。その点で、一般の人がわからないからといって、三〇倍以上も違う数字を公表するのは適切ではありません。最近、非鉄金属関係の研究会でこの数字が問題となり、このような誤った数字を公表するべきではない、という点で出席者の意見も一致しました。
しかし、依然としてアルミ缶のリサイクルでは三%という数字が一人歩きをして、大新聞もそれを引用しています。
アルミニウムやアルミ缶製造メーカーは比較的良心的で、環境問題も正面から取り組んでいますしかし、むしろ世間からのいわれなき非難を恐れてアルミ缶のリサイクルを進めていますが、この際はっきりと態度を決めてアルミニウム地金メーカーとアルミ缶メーカーは「アルミ缶の使い捨て」を標榜した方が日本の環境のためにプラスになると考えます。
一方、プラスチック、繊維、ゴム、皮革やガラス、陶器など、悪くなったものを再生することはできません。もし今後、画期的な研究が成功して、劣化したプラスチックを元通りにできれば、材料工学という点では驚くべき発明であり、それならリサイクルが可能になるかもしれません。まだその目途はたっていませんから、その状態でのリサイクルは不可能です。
『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より