2020-11

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諸外国から称讃された教育勅語

明治維新によって藩校はなくなった。明治五(一八七二)年に「学制」頒布がなされ、その時の指令書(『被仰出書』(おおせいだされたるふみ))の中にも「身ヲ脩メ智ヲ開キ才藝ヲ長スル」ことの重要性が指摘されている。そして修身科で「修身口授(ぎょうぎの...
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序文に代えて 「修身」は人間としての基礎を教えている 渡部昇一

国があり、家があり、自分がある「修身」という言葉が普及したのは、徳川時代に儒学が普及し、四書(『』論語』『孟子』『大学』『中庸』)が各地の藩校などで読まれ、その中でも『大学』の中の教訓を『修身・斉家・治国・平天下』(しゅうしん・せいか・ちこ...
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教育勅語 大意 勅語の第三段

斯の道は實に我が皇租皇宗の遺訓にして子孫臣民の倶に遵守すべき所之を古今に通じて謬らず之を中外に施して悸らず朕爾臣民と倶に拳拳服膺して咸其徳を一にせんことを庶幾うこの一段には、前の第二段にお諭しになった道は、明治天皇が新たにお決めになったもの...
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教育勅語 大意 勅語の第二段

爾臣民父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ恭倹己れを持し博愛衆に及ぼし学を脩め業を習い以て智能を啓發し徳器を成就し進で公益を広め世務を開き常に國憲を重じ國法に遵い一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし是の如きは獨り朕が...
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教育勅語 大意 第一段

教育に関する勅語は明治二十三年十月三十日、明治天皇が我等臣民のしたがい守るべき道徳の大綱をお示しになるために下し賜ったものであります。勅語を三段に分けますと、其の第一段には朕惟うに我が高祖高宗国を肇ること宏遠に徳を樹つること深厚なり我が臣民...