2020-09

Uncategorized

第六課 人の名譽を重んぜよ

昔京都に伊藤東涯といふ學者がありました。江戸の荻生徂徠と相對するひやうばんが高うございました。或日、東涯の教を受けて居る人が、徂徠の書いた文を持つて来て、東涯に見せました。その場に外の弟子が二人居合はせましたが、之を見てひどくわる口をいひま...
Uncategorized

第五課 博愛 【現代語訳】

紀伊の水夫・虎吉らは、蜜柑を船に積んで江戸に行き、その帰り途で、暴風にあいました。船は山のような大波に揺られて、遠くの方へ吹き流され、ニカ月ばかりも大洋の中を漂いました。その間に、食べ物も飲料水もなくなって、大そう難儀をしました。ある日、ち...
Uncategorized

第五課 博愛

紀伊の水夫虎吉等は、蜜柑を船に積んで江戸に行き、其の蹄途で暴風にあひました。船は山のやうな大波にゆられて、遠くの方へ吹流され、二箇月ばかりも大洋の中をたゞよひました。其の間に、食物も飲料水もなくなつて、大そう難儀をしました。或日ちょうど通り...
Uncategorized

第四課 公益 【現代語訳】

古橋源六郎は三河の稲橋村の人で、家は代々酒造りを業としていました。我が国に初めて市制・町村制が実施された時、村長に選挙されました。後に稲橋村が武節村と組合になってからも組合長に選挙され、死ぬまで引き続いて、この職を務め、公益のために力を尽く...
Uncategorized

第四課 公益

古橋源六郎は三河の稻橋村の人で、家は代々酒造を業としてゐました。我が國に始めて市制・町村制が賓施された時、村長に選擧されました。後に稻橋村が武節村と組合になってからも組合長に選攀され、死ぬまで引きつゞいて、この職をつとめ、公盆のために力を盡...