戦前の日本は暗黒の時代だったのか

戦前の修身の教科書、しかも高学年用ともなれば、なにやら勇ましく、重苦しい内容を想像される人もいるかもしれない。しかし、本書を一読して頂ければ分かるように、当時の日本は決して好戦的な国ではなく、一部で言われているような「暗黒の時代」でもなかったのである。
そもそも、戦前の日本が軍国主義一色だったという見方に私はずっと異を唱えてきた。例えば、「戦時下」に入ったとされる昭和12(1937)年の支那事変以降も、日本人の生活は大きく変わらなかった。
「東京ラプソティ」「もしも月給が上がったら」などの大衆歌謡は流行していたし、講談社が発行していた国民的大衆誌「キング」も飛ぶように売れていた。その内容は楽しい読物が大部分で、反米英的でない記事もあった。国民は、大陸の戦況を気にしながらも、明るくつつましく平和に暮らしていたのである。
では、米国などとの戦争に突入した昭和16年12月以降はどうか。むろん、ここからは、列強を相手にした覚悟の上での戦争である。それでも、国民の生活は一夜にして変わったわけではなかった。
昭和5年生まれの私は、昭和18年4月に山形県の旧制中学に入学したが、当時はまだ学校で英語の授業が普通に行われていた。日本軍がイギリス軍を破った昭和17年2月のシンガポール陥落から一年以上も経った頃である。
「ザ・キングス・クラウン・リーダーズ」という教科書には、イギリスの王冠のマークがついていたし、イギリス人の日常を紹介した文章などがたくさん載っていた。野球用語などで、「敵性語」が自粛されたのもこの頃とされるが、当時の文部省は学校教育を徹底して統制したり、変えたりする手間も暇もなかったようなのである。庭球(テニス)部もあったのだ。
「国民の修身」渡部昇一