般若波羅蜜多心経
(一切智に帰命し奉る)
心経の名前

ここに「般若心経」の講義をするに当りまして、最初にはしがきとして、「心経」の経題すなわち「般若心経」という名前について、お話ししておきたいと思います。さてこの「般若心経」は、普通には単に、「心経」と申しておりますが、詳しくいえば、「般若波羅蜜多心経」というのであります。いったい、一口にお経と申しましても、昔から八万四千の法門といわれるくらいで、仏教の聖典の中には、ずいぶんたくさんのお経があります。
しかしその数あるお経の中で、この「心経」ほど、首尾の一貫した、まとまった、しかも簡単なお経は他にないのであります。「心経」は全部で、その字数はたった二百六十字しかありません。もっとも、私どもが日ごろ読誦(どくじゅ)しております「心経」には、「一切」という文字がありますから、結局二百六十二字となりますが、すでに弘法大師も、「文(もん)は一紙に欠け、行は即ち十四、謂(い)うべし、簡にして要、約にして深し」といっているように、全くこんなに簡単にして明瞭なお経は決して他にないのであります。

天下第一のお経
次にまた、その名前のよく知れ渡っているという点では、あの「論語」にも匹敵するのであります。そして論語が天下第一の書といわれているように、この「心経」もまた昔から天下第一の「経典」といわれているのであります。とにかく、仏教のお経といえば「心経」「心経」といえば仏教を聯想するというほど、このお経は、昔からわが日本人とは、きわめて縁の深いお経なのであります。
高神覚昇「般若心経講義」(角川ソフィア文庫)