三合・局は、正三角形の位置関係にある3支であるとして、図形的な直感による説明をしたが、『黄帝内経』には、暦法との関わりから天文学的な根拠が言われている。それは既述の紀元前117年に施行された太初暦において、1年の長さが365日と4分の1日とされていたことに由来する。
現在、天文学によって明らかになっている1太陽年は約365.2422日であるから、2000年前に1年の長さを365日と4分の1日としていたことは、当時水時計くらいしかなかったことを考えると、驚くほど精度の高い数値と言えるが、太初暦の時代には、1年の長さに4分の1日の端数があるために、地球が1公転して1年が経過するごとに、ちょうど4分の1日ずつずれると考えられていた。そのため計算上では、4年が経過すると一巡りし、5 年目からは再び同じ位悩から年が始まることになるのである。つまり、午年から始めると、5年後の戌年、さらに5年後の寅年は同じ巡りにあることになり、これが寅午戌を三合あるいは局とする根拠となったのである。
だから、三合・局は、およそ2000年前に、1年を365日と4分の1日としていた頃の考え方を根拠としているので、現在は通用しないと考えなければならないのである。
「四柱推命学入門」小山内彰 (希林館)より