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第五章・いのちの時代 連載第百四十話 四季の庭と屋上からの絶景 ――それでも、家へ

第五章・いのちの時代 連載第百四十話 四季の庭と屋上からの絶景 ――それでも、家へ

第五章・いのちの時代
連載第百四十話「四季の庭と屋上からの絶景」
――それでも、家へ

青梅慶友病院には、ご利用者が散歩できる立派な庭園があった。

春には桜が咲いた。夏にはトマト、キュウリ、スイカが実った。秋にはコスモスが揺れ、モミジが色づいた。四季の移ろいを、そのまま身体で感じさせてくれる庭であった。花を眺めるだけの庭ではなく、実のなるものが植わっている。そのことに、彼はこの施設らしさを見た気がした。

屋上に上がれば、富士山や奥多摩の山々が見えた。素晴らしい景色が広がっていた。自分で動けるご利用者は、自ら車椅子や歩行器具を使って屋上へ上がり、あるいは庭園を散歩された。上がろうと思えば上がれる。歩こうと思えば歩ける。その造りそのものが、ひとつの考え方を表していたのだと思う。

それでも、である。

どんなに優れた施設をもってしても、自宅の温かさに勝るものはない。ここでも、自宅に帰りたくて院内を徘徊する老人を、彼は少なからず見かけた。四季の庭があり、富士の見える屋上があり、寄り添う人たちがいる。それでもなお、人は自分の家に帰りたいのだ。

先生が施設に戻ることを拒まれたことも、先妻が病室で幾度も口にした言葉も、根はひとつなのだろう。家へ帰りたい。それは、どんな設備によっても、どんな善意によっても、埋めることのできないものなのかもしれない。

病院の近くには、塩船観音があった。五月になると、さつきやつつじが山肌をきれいに覆う。

吹上菖蒲園も近くであった。五月ともなれば、日本にあるほぼすべての種類の菖蒲やあやめを、そこで見ることができる。

ここで特筆すべきことがある。この菖蒲園には、ニホンカモシカが現れるのである。その証拠に、園にはカモシカの写真が掲示されていた。青梅の街から遠く離れているわけでもないのに、そういう獣が姿を見せる土地なのであった。

周囲は多少の起伏があり、畑や水田も広がっていた。散歩のとき、彼は少し足を延ばして、そういった景色も先生にご覧いただいた。

それが実際にどのような効能があったのかは、定かではない。先生が何を見て、何を感じておられたのか、彼には確かめるすべがなかった。喜ばれたのか、それとも何も届いていなかったのか。分からないままである。

歳月を経た今、振り返って、思う。効能があったかどうかなど、本当は問題ではなかったのかもしれない。ただ、部屋の中だけで日を送っていただきたくなかった。桜も、菖蒲も、遠い山の稜線も、先生の目に映る場所へお連れしたかった。それだけのことだったのだと思う。

生かされて、今を、存在する。人は最期まで、季節の中にいてよいのだと、あの庭は教えてくれていたように思う。

屋上から遠く富士を望んだあの日の空の色を、今も、自分は、確かに、覚えている。


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