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第五章・いのちの時代 連載第百三十話 地下の工場

第五章・いのちの時代 連載第百三十話 地下の工場
至誠の覚醒

第五章・いのちの時代
連載第百三十話「地下の工場」

誤解を恐れずに言えば、と彼は思う。

特養も、老健も、あるいは病院も、すべからく、巨大な、ある意味での工場なのだ。

これは、けなしているのではない。戦艦や、船舶や、軍の機器でも、同じことが言えるのではないか。人が生活を送る場に、それなりの人数が集まれば、その衣食住を支える部分は、どうしたって「工場化」せざるを得ない。八十人が暮らし、八十人が食べ、八十人が汚す。それを一日ずつ、確実に処理していくには、仕組みが要る。設備が要る。手順が要る。そうでなければ、暮らしは回らない。

彼の勤めていた特養にも、その工場があった。地下に。

地下には、巨大なドラム式の洗濯機があった。ドラム式のガス乾燥機があった。そして、汚物専用の洗濯機があった。

汚物の付着した洗濯物――衣類や、靴や、その他のもの――は、まず、塩素を入れた洗濯機で、殺菌し、洗浄する。そのあとで、通常の洗濯機に入れて、ふつうの洗濯をする。それをガス乾燥機にかけて、ようやく、洗濯が完了する。二度、洗う。手間は惜しまない。惜しめば、次の誰かの肌に、それが触れることになるからだ。

夜勤は、たいてい三人で当たった。だから、そのうちの誰かが、必ず、洗濯機を回した。乾燥まで、見届けた。

そして、それだけでは終わらない。乾いた洗濯物を、片づける。折り畳み、利用者ごとに分け、部屋ごとに分ける。夜勤が明けるころには、その一枚一枚を、ご利用者それぞれのタンスに、収めるところまでが、仕事だった。

地下には、洗濯機と、乾燥機と、畳をする部屋があった。棚には、八十人分の衣類を仕分けるための、区画があった。八十の名前。八十の暮らし。その一つひとつに、洗い上がった衣類が、静かに戻されていく。

そこで、彼は、洗濯物の折り方を教わった。

昼勤のときに、地下にいた一人のおばちゃんから、衣類の畳み方を教わったことを、今も思い出す。こう畳めば、しわにならない。こう重ねれば、タンスに収まる。ただの家事のようでいて、それは、八十人分を毎日さばくための、理にかなった技術だった。彼は、その手つきを、覚えた。

歳月を経た今、振り返って、思う。

生活というものは、こういう地下の工場に、支えられていたのだ。表からは見えない場所で、洗濯機が回り、乾燥機が唸り、誰かが黙々と衣類を畳んでいる。その営みがあって初めて、上の階の暮らしは、清潔に、つつがなく、回っていた。介護とは、優しさや、まなざしだけのことではない。この地下の、絶え間ない労働のことでも、あったのではないか。

生かされて、今を、存在する。

地下の畳部屋で、おばちゃんに教わったとおりに衣類を畳み、八十人分の棚に、一枚ずつ収めていったあの手の動きを、今も、自分は、確かに、覚えている。



#牧正人史 #マシレ予測 #至誠の覚醒 #姓名科学

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