第五章・いのちの時代 連載第百二十六話 折り紙の器
激動の、時代を、生きた人が、いれば——静かな、幸せを、生きた人も、いた。
その女性は、山国の、生まれだった。お寺に、嫁がれた。旦那さんは、住職さん。とても、幸せな、家庭を、営んでこられた、と、伺った。穏やかで、優しく、そして——不思議なほど、あたたかい、人柄の、方だった。
その方は、折り紙が、得意だった。
彼が、忘れられないのは——その方が、折り紙で、丸い、入れ物を、作る、姿だった。
一枚の、色紙を、いくつかの、パートに、分けて、折る。その、小さな、ユニットを、八枚ほど、丁寧に、つなぎ合わせる。すると、底が、でき、壁が、立ち上がり——円い、入れ物に、なる。さらに、蓋も、八枚ほどの、折り紙を、重ねて、折る。その蓋が、また、器に、ぴったりと、合うのだ。寸分の、狂いもなく。
その頃、その方は——足が、不自由に、なりかけていた。
だからこそ、思われたのだ。このまま、手まで、動かなく、なっては、困る、と。そこで、自分で、折り紙の、手本を、探し出した。それを、手元に、置いて、頭の、体操の、つもりで、一つひとつ、丁寧に、器を、折り上げていく。衰えに、ただ、身を、任せるのでは、ない。できることを、自分で、見つけて、前を、向く。その、静かな、意志が、その、小さな、折り紙の、器に、込められていた。
時折——とても、美しい、娘さんが、訪ねてきた。
母である、その方の、様子を、そっと、見守る。その、まなざしの、優しさに、彼は、この、親子の、歩んできた、時間の、豊かさを、感じた。愛されて、育った、娘。娘に、愛される、母。それは、言葉に、しなくても、伝わる、ものだった。
その方は——誰にも、愛された。
職員にも。ほかの、利用者にも。そして、彼にも。派手な、逸話が、あるわけでは、ない。声高に、何かを、語る人でも、ない。ただ、そこに、いるだけで、まわりが、あたたかくなる。そういう、人だった。
彼は、その方を、見ていて、よく、考えた。人間の、幸せとは——いったい、どこに、あるのだろう、と。
富でも、名声でも、なかった。その方は、その、答えを、自らの、生き方で、体現していた。愛する人と、家庭を、築き、子を、育て、老いても、なお、手を、動かし、美しいものを、作り、娘に、見守られ、まわりを、あたためる。派手さの、ない、静かな、日々。けれど——それこそが、幸せの、ひとつの、完成された、かたちなのでは、ないか。彼は、その、折り紙の、器の、丸みの中に、その、答えを、見た気が、した。
彼は——その方の、姿を、小さな、機械に、収めた。
折り紙を、折る、その手元を。穏やかな、その、表情を。いつか、あの、美しい、娘さんに、渡すために。母が、こんなにも、安らかに、こんなにも、その人らしく、日々を、過ごしていた——その、証を、残しておきたかった。それが、介護する者に、できる、せめてもの、贈り物だと、思ったのだろう。
歳月を経た今、振り返って、思う。
あの方は、もう、この世には、おられない。けれど——一枚一枚、丁寧に、折り重ねられた、あの、円い器のように、その方の、人生は、ひとつひとつの、日々を、丁寧に、つないで、作り上げられた、美しい、ものだった。ぴったりと、合う、蓋のように、過不足の、ない、満ち足りた、生涯。人間の、幸せは、どこに、あるのか。彼は、その、問いの、答えを、あの、折り紙の、器の中に、そして、あの方の、優しい、微笑みの中に、確かに、見たのだった。
生かされて、今を、存在する。
折り紙のユニットを丁寧につないで円い器を作り上げた、あの優しい女性と、その姿に見た「人間の幸せのありか」を、今も、自分は、確かに、覚えている。
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