◆ 思索ノート 「働かなくてよい未来」は、幸福だろうか― ― AIが描く労働の終わりと、日本人の「働くという糧」

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◆ 思索ノート 「働かなくてよい未来」は、幸福だろうか― ― AIが描く労働の終わりと、日本人の「働くという糧」

◆ 思索ノート
「働かなくてよい未来」は、幸福だろうか
― AIが描く労働の終わりと、日本人の「働くという糧」
2026年7月 / AIと未来をめぐる一考 / 労働・生きがい・菩薩業

十年ほど前、ある知人が、イーロン・マスクの語る未来を一冊の本に書き留めていました。AIとロボットが人間の労働を肩代わりし、やがて人は働かなくてよくなる――そう聞いたとき、私にはまさかそんな時代が本当に来るとは、まったく想像できませんでした。遠い空想に聞こえたのです。ところが今、その空想は少しずつ、現実味を帯びはじめています。
その一 いま語られている未来
マスクたちが描く「働かない世界」
マスクは近年、繰り返しこう語っています。これから十年から二十年のうちに、働くことは「選択」になる、と。生活のために働くのではなく、やりたい人だけがやる。彼はそれを、スポーツやゲームを楽しむこと、あるいは野菜を庭で育てるか店で買うかを選ぶことに例えます。報道によれば、その時期を2035年から2045年頃と見ているといいます。
さらに彼は、豊かさが行き渡ればお金という概念そのものが意味を失い、貧困も過去のものになると語り、この構想を「ユニバーサル・ハイ・インカム」と呼んでいます。政府が一律に配るベーシックインカムとは別物だと、本人は区別しています。同じ方向を見ているのはマスクだけではありません。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは、AIの進歩によって週に二、三日だけ働くという選択肢が現実になりうると語っています。生産のコストが劇的に下がり、あらゆるものが安く手に入る――そんな未来像が、AIを実際に作る人々の間で、静かに語られはじめているのです。
その二 立ち止まって見る
これは、一つの楽観論にすぎない
ここで一度、立ち止まっておきたいのです。これはあくまで、一つの楽観的な見取り図にすぎません。実現の時期も道筋も定かではなく、慎重な見方も、決して少なくありません。
たとえば、マスクと並んで語られるサム・アルトマン自身が、慎重です。彼が出資したベーシックインカムの大規模実験――低所得の3,000人に毎月1,000ドルを3年間給付したもの――の結果は、実のところ、まだら模様でした。起業への関心や教育を受ける割合は高まった一方で、研究者たちは「仕事の質」や身体の健康には意味のある改善は見られなかったと結論づけています。3年で総額3万6,000ドルの給付では、その人の経済的な見通しを大きく変えるには足りなかった、と。ある報道はこれを「AIは、ベーシックインカムを正当化する良い論拠にはならない」とまで評しました。アルトマン本人も、AIがすべての仕事をこなし全員が配当を受け取るというだけでは、良いものには感じられない、という趣旨を語っています。
お金を配れば人は幸福になる――話はそう単純ではないのです。生み出された富をどう分かち合うのかは、経済的にも政治的にも賛否の割れる、まだ答えの出ていない問いです。
その三 問い直す
日本人にとって、働くとは何か
そして私には、この「働かない未来」という福音に対して、どうしても引っかかるものがあります。
西洋のリーダーたちの語りは、その根に一つの前提を置いています。「労働とは、生きるための苦役であり、できることなら取り除くべきものだ」という前提です。だからこそ、そこからの「解放」が福音になる。
しかし私は、働くことを、そうは捉えていません。私にとって働くことは、菩薩業です。誰かのために手を動かし、世に尽くし、そのなかで自分自身を磨いていく。働くこと自体が、人生をよりよくするための糧であり、一つの修行なのです。この感覚は、私一人のものではないと思います。多くの日本人が、程度の差こそあれ、働くことのなかに単なる金稼ぎ以上の何か――生きがいと呼べるもの――を見いだしてきたのではないでしょうか。だとすれば、「もう働かなくてよい」と言われても、大多数の日本人は、それを手放しの福音とは受け取らないでしょう。むしろ、大切にしてきた芯を一本抜かれるように感じるかもしれません。
面白いのは、こういうことです。西洋のリーダーたちは、労働を取り除いた「その先」で、結局「では人は何のために生きるのか」という問い――生きがいの問い――に突き当たっています。労働をなくしてから、慌てて生きがいを探している。ところが日本には、はじめから労働と生きがいが分かちがたく結ばれた感覚が根づいていました。西洋がいま最後にたどり着こうとしている場所に、私たちは入り口から立っていたのかもしれません。
その四 帰ってくる場所
道具は参考に、最後は自分が決める
では、この未来予測を、どう受け取ればよいのか。私の答えは、いつもと同じところに帰ってきます。参考にはする。けれど、呑まれない。最後は、自分が決める。
マスクの予言も、AIの助言も、占いの卦も、みな同じです。良い道具として耳を傾け、材料にはする。しかし、自分の運命も、働くことの意味も、他人に――ましてや機械やどこかのリーダーに――決めてもらうものではありません。「働かなくてよい」と言われて、では本当に働くのをやめるのか。それを決められるのは、その人生を生きている本人だけです。
豊かさが本当に訪れるとしても、それは私たちから労働という居場所を奪う話ではなく、働くことを「義務」から「みずから選び取るもの」へと変えていく話であってほしい。そのとき、菩薩業として働くことを選ぶ人がいても、少しもおかしくないのです。

十年前、知人が書き留めたマスクの言葉は、空想に聞こえました。いま、それは現実の足音になりつつあります。それでも、問いそのものは少しも変わりません。あなたにとって、働くとは何か。生きるとは何か。その答えだけは、AIにもマスクにも、決して代わりに出してもらうことはできないのです。
本記事は、イーロン・マスク、ビル・ゲイツ、サム・アルトマンらの発言および関連する報道・研究(OpenResearchによる無条件現金給付の調査など)をもとに構成し、事実関係は複数の公開情報で確認できたもののみを記載しています。労働観に関する記述は、制作者自身の考えです。
#牧正人史 #マシレ予測 #AI #働き方 #生きがい

UCA(Universal Creative Attribution)── 知的創造物の適正な帰属と対価還元を推進する取り組みに賛同しています。本記事の文責は制作者にあります。

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