第五章・いのちの時代 連載第百十三話 ナースのいない夜
夜の、施設には、看護師が、いない。
ナースは、夜勤を、しなかった。日中は、いる。けれど、夜は、いない。その間、施設を、守るのは、介護職員だけだった。八十人を、超える、お年寄りの、いのちを、夜通し、数人の、介護職員が、預かる。何かが、起きても、その場に、医療の、専門家は、いない。
だから——彼ら、介護職員が、やるしか、なかった。
本来なら、医療の、領域に、属することを。投薬。痰の、吸引。経管栄養への、対応。資格の、ある、看護師が、担うべき、処置を、夜は、介護職員が、行った。そうしなければ、利用者の、いのちが、保てなかったからだ。非常時には、ナースや、医師に、電話で、連絡を、取る。指示を、仰ぐ。それでも、間に合わなければ、救急車を、呼び、同乗し、運ばれた先の、病院で、緊急手術に、立ち会った。肉親の、代わりに。
これは——危うい、ことだった。
資格の、ない者が、医療行為に、近いことを、行う。一歩、間違えば、違法に、なる。けれど、やらなければ、人が、死ぬ。法と、現実の、はざまで、現場は、身動きが、取れなかった。構造の、問題に、法の、問題が、絡みつき、介護職員は、その、矛盾を、自分の、手で、引き受けるしか、なかった。
やがて——制度が、少し、動いた。
特定の、医療行為については、定められた、講習を、受ければ、介護職員も、行ってよい、という、仕組みが、できた。彼も、その、講習を、受けた。吸引。経管栄養。それらを、一応は、違法では、ない形で、行えるように、なった。現場は、少しだけ、息を、つけた。
けれど——すべてが、白に、なったわけでは、なかった。
一部の、行為は、グレーの、まま、残った。たとえば、看護師の、いない、休日の、昼間。利用者が、傷を、負ったとき。その、手当てを、どこまで、介護職員が、していいのか。判断は、難しかった。放っておけば、悪化する。けれど、手を、出せば、領域を、越える。彼らは、いつも、その、薄暗い、境目の上で、判断を、迫られていた。
四十年後の今、振り返って、思う。
あの、ナースのいない夜の、緊張を、彼は、忘れない。資格の、ない手で、いのちに、触れる。その、重さ。その、怖さ。それでも、やるしか、なかった、あの、現場。
そして——その、人手不足は、今も、変わっていない。いや、もっと、深刻に、なっている。支えを、必要とする人は、増え続け、支える人は、足りないままだ。あの夜、彼が、立っていた、薄暗い境目は、今も、日本中の、施設に、ある。だからこそ——彼は、今、別の、道はないか、と、考えている。人の手だけでは、もう、支えきれない、この、いのちの現場を、何が、救えるのか。けれど、その話は、まだ、先のことだ。
生かされて、今を、存在する。
看護師のいない夜、資格のない手でいのちに触れざるを得なかった、あの薄暗い境目の上の緊張を、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。

