◆ 西欧の学問と別の日本独自の学問体系が既に存在していた ◆
一方、日本の数学は著しい特異性を持っていました。理学や医学についてはそのすべてが欧米書籍の直訳による知識吸収でしたが、数学は江戸時代にすでに日本固有のものを持っていました。「読み書きそろばん」と言われる商算、和算が学問として成立していたのです。
1627年に京都の和算家・吉田光由が著した『塵劫記』は西洋にもひけをとらない算術の名著です。関流七伝免許皆伝の和算家にして参謀本部陸地測量部の測量官を
務めた陸軍技師・川北朝鄰(ともちか)が1872年に著した『洋算発微』は日本人が書いた洋学系の数学書物として敬意を表さなければなりません。
長崎の海軍伝習所出身で後に咸臨丸の航海長を務める和算家の小野友五郎が軍艦の操縦、ならびに航海に必要な西洋数学の習得が早かったのも、こうした日本の伝統があるからです。
工業技術については細々と電信、鉄道、造船、造幣の輸入が進んでいました。
1872年に機械工学の入門書である田代義矩が編んだ『図解機械事始』が出版されています。蒸気機関についての解説が水車の機械と並んで紹介されています。
日本は、極めて短期間で大量の西洋の書物を整理しました。こうした現象は、アジアはもちろん世界でも例がないほどです。
『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より R080518

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