連載・至誠の覚醒 第四十七話 パンチカードの夜

連 載 ・ 至 誠 の 覚 醒
第 四 十 七 話

パンチカードの夜

日勤が終わり、工場の外側が夕闇に沈んでいく頃、私は計算機の置かれた部屋へ向かうのが常だった。昼間の喧騒から少し離れた一角に、大手電機メーカーの電子計算機が据えられていた。あの頃、工場の現場で「コンピューター」という言葉を口にする者は、まだ多くなかった。特別な響きを持った一台が、部屋の奥に鎮座していた。

翌月分の生産計画を組むのは、日中の電話対応が一段落した夜の時間と決まっていた。組み合わせで数百万種類というフォークリフトの仕様を、一台ずつカードに落としていく。マストの長さ、爪の種類、エンジンの型式、適用加重、ドアの有無——すべてが符号化されて、薄い紙の上の小さな穴の並びに姿を変えていく。

カードを打つ音は、単調だが心地よかった。パンチャーの女性たちの指が、鍵盤を細かく叩いていく。その音が部屋の空気を満たし、計算機の冷却ファンの低い唸りと重なって、独特の夜の調べを作っていた。

私の役割は、打ち上がったカードを整え、計算機に読み込ませ、返ってきたスケジュールを睨むことだった。プログラムは、工数——最終工程の組み立て時間の総和——が平均化されるように組まれていた。一日のラインの流れが、ある一台で重くなり、別の一台で軽くなる、その凹凸を均すのが、このプログラムの仕事だった。

しかし、均すだけでは済まない事情があった。

納期指定のカードが、いくつもあった。船積みの機会が限られている車は、順番を前に出さなければならない。ある港に向かう船は、月に一便しか出ない。その便を逃せば、相手先に届くのが一ヶ月遅れる。一ヶ月遅れれば、相手の現場の計画も狂う。たった一台の遅れが、海の向こうで別の遅れを生む。

納期指定のカードは、プログラムに「この一台は必ず前に」と教え込む印のようなものだった。組み上がってきたスケジュールを見ながら、納期から外れている車がないかを確かめる。外れているものがあれば、カードを差し直して、もう一度計算機にかける。

読み込ませて、待つ。

計算機が考える時間があった。ランプが点滅し、テープが回り、印字機が動き出す。打ち出された紙を抜き取って、手元に広げる。並んだ車番と、工数と、納期の印。数字の列を目で追いながら、頭の中で工場の一日を再現していく。

この一台が八時十五分にラインに乗る。次の一台が八時二十七分。昼休みを挟んで、午後の最初にはこの仕様。終業前の最後にはこの一台——。紙の上の数字が、やがて、明日以降の現場の動きになって立ち上がっていく。

うまく並んでいれば、その夜は早く帰れた。外れているものが多い夜は、また一からやり直しだった。

深夜、窓の外で、車体工場の方から遠い音が聞こえることがあった。夜勤のラインは、もう別の一日を始めていた。昼間には火花を散らしていた溶接ロボットが、夜もまた同じ動きを続けていた。あの機械たちには、パンチカードの並び替えは必要なかった。与えられたプログラムを、黙って繰り返すだけで、時間が過ぎていく。

人間の方が、遅れた納期を前に出し、凹凸を均し、紙を抜いては読み、また差し替えていた。

手のひらの上に、カードを束ねて揃えると、小さな重さがあった。その束の中に、数百の車台番号があり、それぞれが数万の行き先と、その先数十万の現場につながっている姿を頭に描くことができた。机の上で触れているのは一握りの紙だが、それが世界のあちこちに散っていく。

私がやっているのは、ただの事務処理かもしれなかった。しかし、その事務処理の向こう側で、誰かの仕事が回っていた。

計算機の部屋を出ると、工場の夜気はひんやりしていた。駐車場まで歩く短い道のりで、頭の中の数字の列が、少しずつほどけていった。

あの頃、私は「計算」というものが、人間の仕事の流れをどこまで肩代わりできるのか、まだよく分かっていなかった。計算機は、人間が組んだプログラムに従って、与えられた数字を並べ替えるだけだった。プログラムそのものを書き換えるのは、人間の仕事だった。

数字を機械に任せて、人間は何をするのか。その問いの輪郭が、あの夜の部屋で、少しずつ形になり始めていた。

◆ ◆ ◆

それから幾十年、計算機は信じがたい速さで進化し、パンチカードは博物館の展示品になった。しかし、数字の向こう側に人間の仕事があり、人間の仕事の向こう側に誰かの現場があるという構造は、今も変わっていない。後に、予測というものを仕事にするようになった私が、毎朝、データの列を眺めるときの姿勢は、あの村山の夜の部屋で身についたものだった。

(つづく)
制作者 記す
※ 本連載と並行して、制作者のサイトでは姓名科学・方位学・易経占術など、日本の伝統的予測技術をAIと融合させたツール群を公開しています。ご自身のお名前でも、一度、お試しいただければ幸いです。制作者のサイトはこちら

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【無料】牧正人史式 姓名科学 解析システム
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
#牧正人史 #マシレ予測 #至誠の覚醒