連載:至誠の覚醒 第20話「ミレーのザック」
山の道具を、早稲田近くの好日山荘で揃えた。
本格的な登山靴。厚いウールの靴下。ウールの肌着。ザック。コンロ。奥多摩の沢ではザイルも使った。ヘルメットもあった。
多磨塾に入るまで、私は登山の経験がなかった。山の歩き方も、沢の渡り方も、すべて奥多摩の藪漕ぎで身につけた。
道なき道を登り、道なき道を下る。地図も標識もない斜面を、子供たちと一緒に藪を漕いで進む。沢に出たら、そのままざぶんと飛び込む。飯盒でご飯を炊き、山荘で深夜まで勉強する。
今考えると、すごいことをしていたと思う。
だが当時は、それが普通だった。恐れもなく、ただ楽しかった。子供たちも同じだった。危険を知らないのではなく、一緒にいる大人を信頼していたのだと思う。
その頃買ったミレーのザックが、今も家にある。
くしゃくしゃになっている。だが捨てられない。あの沢の水の冷たさと、藪を漕ぐ音と、子供たちの笑い声が、そこに染み込んでいる気がするからだ。
北岳に登ったのは、夏休みのことだった。
(つづく)R080329

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