解説 美禰子の三四郎への親愛の表現

美禰子には追い詰められた切迫感がある。
しかし、そのことはおくびにも出さない。教養もあり、日本的な淑女の嗜みもある。直接的な表現は避けて、以心伝心による婉曲的な言動を示す。
この章で、美禰子が三四郎に見せた親愛の情や愛の告白は、追い詰められた美禰子が精一杯示したものであった。美禰子の言動を追ってみると、

①三四郎を自宅に招いた
未婚の女性が、何かの間接的理由に託(かこつ)けて未婚男性を自宅に招くということは、当時は特別なことである。美禰子が三四郎に金を貸すこと、家に招くことは、信頼と親愛の表現である。

② 三四郎を応接間に迎える際にわざわざ着替えをして絹の綺麗な和服を着て盛装している。後に三四郎と展覧会に出掛ける準備でもある。

③三四郎を迎えての挨拶や話す言葉、態度に笑みや親しみが込められているまた、三四郎が「馬券」の話をしても、姉が弟を諭すような優しさがある。

④美禰子の「索引の付いている人の心を見て下さい」という言葉
これは「自分の心」のことで「私の心の内を察して下さい」という、美禰子の間接的な愛のメッセージであった。

⑤三四郎に通帳を渡し、金を引き出してもらった
自分で銀行預金を引き出す代わりに、三四郎にわざわざ出してもらうというのは、他人には見せない三四郎への信頼と親愛の情を示す行為である。また、自分名義の通帳を見せることで、既に兄から独立していること(財産分与を受けている)を示し、自分の金を自分で都合することができるし、自分の意志で結婚もできるという意思表示である。

⑥展覧会の二枚のチケット
美禰子はこの日のために三四郎を展覧会に誘うチケットを二枚用意している。

⑦野々宮の見ているところで、三四郎の耳に口をつけて噺く真似をする
美禰子は三二四郎と親しい恋人関係であることを示す。美禰子には珍しく直接的行動をみせたが、「ね、ね」と囁くだけで具体的な愛の言葉がなかった。三四郎は愚弄ではないかと誤解してしまった。

美禰子が、三四郎に示したこれらの言動によって美禍子の愛を素直に感じ取れば好かったのだが、三四郎はあれこれ考えすぎて、逆に自分への愚弄じゃないかと戸惑ってしまう。
美禰子がこれだけ見せた愛の気持ちを、三四郎がことごとく応えてくれない態度に、とうとう美禰子は三四郎が自分には気がないのだと思い、見合いに追い詰められてしまった。

気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦(文芸社刊2016年)より  R0720250612