● チリ紙交換屋さんの仕事が奪われるまで
しかし、そのうちに紙のリサイクル運動が起こった。もともと紙はリサイクル運動が起こる前からリサイクルされていたので、「チリ紙交換業」が立派に成立し、回収された紙は製紙会社に持っていかれていた。社会で紙のリサイクルに対する関心が高まり、それまで捨てられていた紙がより多くリサイクルされるようになるのだから、チリ紙交換の人はさらに繁盛するはずであった。
ところが、今まで民間がやっていた紙のリサイクルに自治体が関与するようになると、様相は一変する。使い終わった紙は、子供会、老人会、自治会などが集めてそれをまとめて自治体に持っていく。自治体では集めた紙の量に応じて子供会や老人会にお小遣いを上げるというシステムになった。もちろんそのお小遣いは税金から出ている。
つまり、今まで全く税金など使わずに、立羨,こリサイクルしていた紙が、突然税金を使って処理されるようになったのである。自治体からお小遣いを貰った子供会や老人会は、それがこれまで世話になったチリ紙交換屋さんの仕事を奪っているということにも気づかず、それが税金であるということにも思いが到らず、ただお金を貰って環境に貢献したと満足していた。
まもなくこの仕事に目をつけた団体があった。祇のリサイクルを民間から自治体がやるようになったので、自治体の首長に話をつけて一気に仕事を回してもらえば良いと考えた。そうなると利権の伴う仕事である。政治家や団体、そしてさまざまな人たちが動き、各自治体に話をつけ紙のリサイクルシステムは一変したのである。
東京の各区ではそれぞれ多くのチリ紙交換屋さんが仕事をしていた。千代田区、中央区、港区などの東京の中心部はそれほどチリ紙交換屋さんが多くはなかったが、江東区、足立区などの下町には中小のチリ紙交換屋さんが数多くおられた。
彼らは政治を信じ、東京都を信じて、紙のリサイクルに汗を流していた。自分たちこそ昔からリサイクルをしており、これほど社会がリサイクルに関心を持ってきたのだから将来は明るいと思っていた。まさか水面下で特定の団体と東京都が話をし、自分たちの仕事を取ろうとしていることなど夢にも思っていなかっただろう。
やがて新しい紙のリサイクルのシステムができあがってみると、東京都と契約を結んだ特定の業者だけが古紙を取り扱えるようになっていた。政治力のないチリ紙交換屋さんはたちどころに敗れ、内輪の争いも起こった。
それは悲惨なチリ紙交換業界の最後であった。
風が吹けば桶屋が儲かるといった類と同じこの話は、まるで現代の怪談話である。
表面は美辞麗旬に飾られた新しい紙のリサイクルシステムが発足し、額に汗して働いていた人たちが追放された。それからは、特定業者の受注、税金の浪費と続く。
間違った行動は目的を達しない。熱帯雨林保護の機会は失われてしまったのである。
東京都のこの新しいシステムはたちどころに全国に広がり、それまで社会の一員としてリサイクルに協力していたチリ紙交換屋さんはすっかり世間から消えてしまった。
「無理が通れば道理引っ込む」という諺があるが、よく言ったものである。もともと、一紙のリサイクルが森林を守るというお題目自体が間違いなのだ。その間違いを推し進めると、道理も何もかもまともなことはあらかた引っ込んでしまう。
『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦 洋泉社刊 2007年
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