● 東京湾の漁民は職を失い、一部は清掃業に流れた
チリ紙交換屋さんが消えた怪談話は「江戸前の魚」から始まる。
日本が高度成長期を迎えると、東京湾の周りにはグルッと取り巻くように石油化学コンビナートができた。そして石油化学コンビナートの隣には発電所、製鉄所、そして小さな加工工場に至るまで長いベルトのように工場が並んだ。
それは、横須賀から横浜、川崎、大井まで続き、都心で少し切れてはいたが、江東区から幕張、千葉、そして袖ケ浦から君津に至るまでぎっしりと並んでいたのである。
公害対策がそれほど行き渡っていなかった頃である。これらの工場は汚い排水を流していた。ただその頃は、悪意があったわけではなく、汚い排水を流したらどのような結果になるのかということ自体があまりわかっていなかったのである。
東京湾の海水は比較的閉鎖されているから、たちまち東京湾は汚れ、魚が捕れなくなった。「江戸前の魚」というように、東京湾は豊富に魚が捕れるので漁民も多かった。ところが魚が捕れなくなったので漁民は次々と陸に上がってくる。
これは大変だということになり、工場の排水は厳しく規制され、東京湾も徐々にきれいになっていくように見えた。
しかし、新手の汚染源が出てきたのである。東京の人口は増え続け、台所からの排水やお風呂で使ったお湯にはラーメンの油やシャンプーの残り滓が大量に含まれるようになった。
そして、とうとう東京湾の漁業は壊滅的な状態になる。
陸に上がってきた漁民は職を失い、一部が清掃業に流れた。魚を追いかけ網を打ち、それを生業としていた漁民が突然、サラリーマンになるのは難しい。かといって、全国の他の漁場に行っても縄張りは厳しく、容易に入っていけるわけではない。その点、清掃業は職を失った漁民が得やすい仕事だった。
『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦 洋泉社刊 2007年
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