ウソ9

温暖化対策には、CO2の排出削減が最善の選択だった
【事実】 一部の研究者と産業界には棚ボタでも、庶民には最悪の選択だった。
ある災難が、二〇年後に国土を襲う(かもしれない)とします。前触れもなく二〇年後に襲う、つまりゼロが1になる話ではなく、病気のように、じわじわ進行したあげく危険レベルに届く(かもしれない)……という話だと思ってください。
そのとき私たちがとる姿勢には、次の二つがありえますね。

A 災難の原因が何だろうと「来るなら来い」で、二〇年のうちゆっくりと社会インフラを強化していく。ありふれた病気なら、食事に注意して適度な運動も続け、体に抵抗力をつけるようなもの。(適応)

B災難の原因を突き止め、それを無力化するような対策を打つ。病気なら、先端機器を使う検査で診断のうえ投薬もし、ときには無害な芽にすぎない病巣を高額な手術で除くようなもの。(予防)

IPCC創立(一九八八年)の直後から、気候変動(温暖化)を警告する人たちは、適応のことをあまり語らず、もっぱら予防を説いていました。あとで説明するように、新しい大きな仕事が次々とつくれるからです。「予防がベスト」の風潮を生むうえでは、絶好の装置がありました。怖い話や警告が大好きなメディアです。
メディアをその気にさせるには、前章のハンセン発言と同様、温暖化が「人間活動のせいで」「猛烈に」進行中のイメージづくりが欠かせない。関係者は、それにまんまと成功しました。けれど、温暖化が話題になってからの昇温は体感すれすれのレベルなので(ウソ1)、もしもメディア人に冷静な心があったとすれば怖い話は広まらず、いま読者の大半も国民一般も、温暖化や気候変動のことなど気にしていないでしょう。
歴史にイフは無意味だと承知しながらも以下、かりに適応を選んでいたら生じていたはずの美しい状況と、予防を選んだせいでの狂乱を、おおまかに比べてみます。

適応を選んでいたら……
気候変動(温暖化)の話なら、先ほど書いた「災難」は、たとえば水害ですね。過去三〇年の気温上昇は(原因はともかく)せいぜい〇・三℃だし、NHKが「地球の異変」を煽ろうとも、異常気象の類が増えた気配はありません(ウソ3~6)。昇温のペースが今後も同じだとすれば、いまから二〇年後の昇温は、アナログ温度計だと読みとりにくい〇・一℃台です。
とはいえ、コップの水をあふれさせる最後の一滴のように、それが何か危険なことを起こす可能性はありましょう。ただしその場合も適応なら、堤防のかさ上げとか、川底の掘り下げ、浸水や乾燥化が心配な場所の治水工事、公共建築物の移設などを、二〇年かけてのんびり進めればすむ。工事の成果は確実に役立ち、次世代にも残せるのです。
コストはどうか。いま日本は年に五兆円もの「温暖化対策費」を使い(ウソ11)、その半分くらいまでを国税と地方税が占めています。適応を選んだ場合は―――会計や財務に無知な素人の考えですが―――年に数千億円もあれば足りそうです。
適応を選んだとき頼りになるのは、どういう人たちなのか? ……それが最重要のポイントです。まず研究者なら、おもに土木工学や都市工学、建築学の人たちでしょう。気象や気候を変える要因は何だとか、過去の気候はどう変わってきて、今後どう変わりそうかとか、どうやってCO2の排出を減らすか……そんなことはどうでもよろしい。だから、気象学や気候学、物理・化学・生物・環境学の方々に、出番はほとんどありません。
産業界はどうか。そちらもやはり、土木・水利・建築関係の業界が仕事をしてくれるだけですみます。社会インフラにからむほかの業種もあるでしょうけれど、少なくとも自動車業界や家電業界、住宅業界が主役を張る場面は考えられません。
つまり適応の場合は、温暖化や気候変動の(そんなものがあるとして)悪影響を、伝統の古い土木・建築分野の研究者と産業人が和らげてくれる……という構図になり、それで十分なのですね。災難が見舞いそうもないとわかったら、事業を縮小か中止してかまわない。
けれど「関係者」は当初から、予防路線を選びました。意図的なボタンのかけちがい、ともいえましょう。なにしろCO2排出と気温変化の因果関係さえわかってはいないため、分野によっては、巨費の飛ぶ(うま味のある)仕事がいくらでもつくれるのです。そのことを以下、研究者、産業界の順で考察します。

気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)